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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第一話

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「外に出て、それからの目的は決まっているのか?」

 完全に気持ちが緩み切っていたルティウスはレヴィに問われて、思考を今後の事へと切り替える。

 最終目的はただ一つ。帝国に残してきたアミクスを救い、混乱の渦中にあるだろう自国を平定させる事。だがすぐに国へ戻るのは危険だと直感が警鐘を鳴らしている。そのため、周辺の友好国や都市で協力者を探す、それが現実的だろうと考えていた。

「地上のどの辺に出るのかにもよるけど、まずはベラニスへ行こうと思う」

「ベラニス……あの、どの国にも属さない街の名前か?」

「知ってるのか?」

「あぁ」

 確かにベラニスは、グラディオス帝国が建国される前から存在している。国家としては立たず、どこの国にも属さず、遥か古代から続く長い歴史を持つ都市。レヴィが封印される前から同じ街があったとしても不思議ではない。

 グラディオス帝国と同じ、水の神を信仰する中立都市ベラニス。各国とも独自の貿易を行っているあの街ならば、帝国の現状についても情報を得られるかもしれない。

「なら、決まりだな。外に出たらベラニスへ行こう」

 レヴィも異論は無いようで、静かに首肯した。


 そうして話をしている内に、決行の時が近付く。ルティウスに自覚は無いが、魔力の回復速度についても人間とは思えないほどで、レヴィは内心で驚いていた。

 座り込んでいた場所から立ち上がり、ルティウスは借りていた上着をレヴィへと返す。その際に初めて気付いたのが、二人の体格差。レヴィの背丈はルティウスより頭一つ分は高く、並ぶと見上げてしまう。悔しさから思わず睨み付けてしまうが、隣から聞こえてきた小さな笑い声のせいでさらに不貞腐れてしまう。

「神様なら、俺の身長も伸ばしてくれないかな……」

「まだ伸びる年頃だろう。あと数年我慢しろ」

 手渡した上着に袖を通しながら、あまりにも無茶な願いへ雑な返事をする。本当に神様なのか?と疑いたくもなるが、直後に始まった魔法陣生成の様子を見て、神である事を疑う余地を失った。

 白く長い指先に収束する僅かな魔力。手を動かす度に、何も無い宙に描かれていく青白い光を放つ複雑な紋様。迷いなく生成された魔法陣を下から掬うように手をかざし、ルティウスへと向き直る。

「これを地面に置けば、あとは魔力を流すだけだ」

 あまりにも鮮やかで無駄のない動き、そして一切の乱れがない美しい魔法陣。息を飲むほどの光景に、声を掛けられるまで見惚れてしまっていた。

「わ、わかった……」

 今までの暮らしの中で、魔力だけを放出する機会など無かった。勝手はわからずとも感覚はわかる。自分の出番だと静かに意気込んでいたルティウスだが、その気合いは不要だったとすぐ知る事になる。

「えっ、あ!」

 強く肩を抱き寄せられ、突然の事にレヴィへと倒れ込みそうになってしまう。しかしレヴィの腕は難無くルティウスを受け止め、そのまま身体を密着させる体勢になっていた。

「ちょっと、いきなり何……」

「魔力を借りると言っただろう?力を抜いて、意識を私に委ねろ」

 反論する間もなく、魔法陣を制御するレヴィの左手が地面へ向けて下ろされる。すぐさま強い光を放ち二人を覆うほどの大きさに広がっていく魔法陣へ、レヴィは下ろした手をそのまま向けている。同時に肩を抱かれている手にも力が込められるのを感じた。触れている部分に僅かな熱を感じた直後、急激な脱力感がルティウスの身体を襲う。

「……っ、何、だ……これ……くらくらする……」

 思わずレヴィにしがみついてしまうほど、全身から力が抜けていくのがわかった。いつの間にか肩を抱いていた右腕は腰へ回され、ルティウスが崩れ落ちてしまわないようにとその身体を強く支えていた。

「制御は出来ているから案ずるな……さぁ、転移するぞ」

 魔法が発動する合図となる宣言の直後、ルティウスは目の前が真っ白になる感覚に陥った。一切の淀みが無い光だけの視界。けれど身体に伝わるレヴィの腕の感触はそのままに、力だけはより一層強くなるのを感じていた。

 痛いくらいに強く抱き寄せられ、鼓動と体温が伝わってくる。こんなに誰かと身体を密着させた事など今までにあっただろうか…そんな事を思っていたのはほんの一瞬。数度の瞬きをして目を開ければ、そこには地上の風景が広がっていた。

「成功だ……ルティ、身体は大丈夫か?」

 視界に映るのは雨上がりの朝焼け空と、どこか心配そうに見下ろしてくるレヴィの金色の瞳。何かを言い返したい気持ちが沸き起こるものの、全身を襲う疲労と倦怠のせいで言葉にならなかった。

「仕方ないな……」

 そう言ってレヴィは、ルティウスの身体を両腕で横抱きに持ち上げ歩き始める。手近な木の下へ辿り着くとルティウスを下ろし、自身もその隣へ座り込んだ。

 まだ目眩がするのか、額を押さえながらも視線を向けるルティウスが、レヴィへと問う。

「……魔力、吸い取ってた?」

「慣れない者が魔力を放出すれば、魔法陣ごと弾け飛ぶ恐れがあるからな」

 おそらく肯定と取っていいのだろう返答に、弛緩している身体からさらに力が抜けるようだった。ふっと鼻で笑う気配がしたと同時に、今度は優しく引き寄せられ、抗うこと無くレヴィへと凭れ掛かる。

「しばらく休むといい」

「…………そうする……これは、本当に無理だ……」

 今まで意識を保てていたのが奇跡と思えるほどの疲労によって、激しい睡魔がルティウスの思考を包み込む。こんな、どことも知れない平原で眠るなど本来ならば有り得ないが、隣にレヴィが居るのだから少しくらいは平気だろう…と、全身から力を抜いていく。直後には、ルティウスの意識は夢の中へと誘われていた。


***


 もう、何年ぶりの空だろうか。

 隣で寝息を立てるルティの存在が無ければ、二度と見る事は叶わなかったかもしれない風景。あの頃とは雰囲気が変わっている気もするが、いずれこうした世界の変化にも馴染んでいくのだろう。

 こうして私の封印の一部が解かれ、地上に戻った事は他の神達にも気付かれただろう。あれだけ水脈を揺らす事になったのだから…。

 水脈を揺らしてしまったのは、私でも制御が難しい程にルティの魔力が膨大だったせいだが。

 

 この少年からは『彼女』の面影が見え隠れしているように思えてならない。当然だが姿は違う。顔つきが似ているという訳でもない。けれど、この子の持つ魔力はどこか彼女に近い。

「ルティ…お前は、一体何なのだ…?」

 問い掛けたところで、眠りに落ちた少年の返事があるはずもない。自分では大人だと言い張っていたが、その寝顔は子供そのもの。意地を張らなければならない何かが、この少年にはあるのだろう。

 

 しばらくは見守ろう。これからルティウスが、何を望み何を成すのかを。

 神ではなく、ただ人に興味を持った竜として。




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