0077
「オストラ、が⋯?」
「そうらしい」
席を外した二柱の竜神は、広間から離れたエントランスの隅まで移動し、さらに遮音結界を展開してまで重要な秘密を話していた。
ルティウスの魂を救ったのがあのオストラであるという事実にフィデスは驚愕した。現在もルティウスの魔力をオストラが制御している事は、少年の内側から感じた微かな気配と、異なる色の魔力で既に気付いている。
レヴィにとってもフィデスにとっても、看過し切れない事態。
「どうすんのさ?」
「どう、とは?」
壁に背を預け、腕組みをして思案するレヴィを見上げて、フィデスは真剣な表情で問う。
「あのオストラだよ?ルティ君の中に思念が居るんでしょ?危ないじゃん!」
「今の私では、力ずくで追い出す事は不可能だ」
たかが思念であっても、全盛期のレヴィと同等の力を持つオストラは脅威になりかねない。フィデスはそう考え提案するが、レヴィは静観を決め込んだ様子。本音では追い出してしまいたいが、現状手の出しようが無い。
「あんなに全力で守ってるのに、いいの?オストラなんかに⋯」
「ルティが選んだ事だ」
事実、ルティウスはオストラの存在を受け入れている。根源の中でどういう話をしたかは知らないが、あの少年は拒絶をしなかった。それが全ての答え。レヴィには、信じる事しか出来ない。
「ヴェネトスに着いたら、すぐアールに相談しようよ」
「⋯そうだな」
古き仲である風の竜に会えば、確かに良案は提示されるだろう。しかしここベラニスからヴェネトスは遠い。空を飛べれば直ぐだが、人間二人を伴っていては陸路を取るしかない。
場所を知っているレヴィならば転移も可能だが、そのためにはルティウスの魔力を必要とする。暴走を引き起こしたばかりのあの少年にこれ以上の負担を強いる事も出来ず、道程の短縮を望んでも不可能でしかない。
「もうさ、半竜になる魔力だけ借りてさ、レヴィがオジサン運んでよ」
「は?何故私が」
「ボクがルティ君を運ぶからさ」
「だからどうしてお前がルティを」
「サイズの問題~」
「却下だ!」
ルティウスほどの小柄な人間ならば抱きかかえて飛ぶ事も可能だが、リーベルはでかすぎる。いくらレヴィでも、自分と同等の体格をした男を抱えて飛び続けるなど無理がある。そして何よりも、ルティウスではないでかい男を抱える事は嫌だった。
だからこそ、ルティウスの発言さえも持ち出して空路の回避を企てようとする。
「ルティは、こちらの大陸から出た事が無いそうだ。旅路を楽しみにもしている」
「う~ん、それじゃあ普通に向かうしかないか~」
「魔力については私が見張っておく」
「今度は⋯見逃しちゃダメだよ?」
「二度とそんな無様はしない」
強く誓いの言葉を吐くレヴィを見上げて、しかしフィデスは不安を拭えない。
かつて守ると誓った存在を、レヴィは過去に死なせている。まして今はあの時とは違い、自在に力を使える訳でもない。
そして力を使えないのはフィデスも同じ。魂さえ無事なら死の淵からでも救えるだけの再生能力を持つ土の竜神だが、魔力の暴走だけは止められない。
千年以上も前の光景だが、忘れた事は一度も無い。
度々揶揄っては怒られ、しかし互いにふざけ合っていた水の竜が、愛する者を殺され悲しみと怒りに染まったあの日。
大国一つを消し飛ばしても収まらない魔力は、そのまま世界すらも飲み込もうとした。あのまま放置すれば、大陸が消え去るどころでは済まなかった。だから封印するしか無かった。
三柱の竜神が全力を出してようやくレヴィを抑え込み、世界の崩壊は防がれた。
もしもこの先、ルティウスの身に万が一の事があれば⋯と、最悪を想定せざるを得ない。
そして逆に、レヴィにもしもの事が起きれば、ルティウスがどうなるかも分からない。あの夜に起きた魔力の暴走は片鱗に過ぎず、全ての属性の根源と接続が可能なルティウスの暴走はそれこそ世界を壊しかねない。
「爆弾二人とか⋯ほんと勘弁してよね⋯」
「何か言ったか?」
「いいや、なぁんにも~」
俯きながらぼそりと呟いた独り言は、レヴィには聞かれていない。
今のフィデスに出来るのは、共に行動する竜と人が平穏であるよう取り計らう事だけ。
彼らの命運は、世界の命運と同義なのだから。




