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その後、試着したコートを脱いで一式を受け取ったルティウスは改めて広間の席に座り、明日にもベラニスを出発する意向であると伝えた。既に予想していたのか、テラピアと身動きの取りやすいミレーによって船の予約は済んでいるとの事だった。
「本当は、運航再開の一番に乗って頂きたかったです」
「はは⋯俺が倒れてたからね⋯」
そして最も重要な話が待っている。ルティウスが倒れた原因と、中庭を崩壊させた理由について。
ちらりと視線を向ければ、レヴィが微かに頷く。既に意図には気付いているようだ。
「フィデス、お前は私と来い」
「えっ?」
「早く、来い」
「わ、わかったよぅ」
そして竜神の二人が退室したところで、リーベルが真剣な表情でルティウスへと問う。
「⋯で?中庭のアレは、お前がやったのか?」
「そうだよ。俺の意思とは少し違うけど⋯やったのは俺で間違いない」
「何でまた⋯」
どう答えるべきか悩んでしまう。暴走状態だった事は打ち明けて良いものか分からない。フォローしてくれるレヴィが居ない今、迂闊な事は口に出来なかった。
「それに十日も昏睡してたのは、庭をやらかした事と関係してるのか?」
「関係は、ある」
「正直に話せ」
ルティウスを問い詰めるリーベルは、叔父ではなく自警団長の顔をしていた。一歩間違えればベラニス全体に被害が及んだ可能性を考えたのだろう。
頭の中で整理出来ている部分から、少しずつ話せばきっと大丈夫だろう。軽く息を吐いてから、ゆっくりと語り始める。
「夜中にさ、眠れなくて身体を動かしに庭へ出たらレヴィ達が来てくれて、そのまま手合わせに付き合ってくれたんだけど⋯途中から俺の意識が無かったんだ。そのうち俺の魔力が暴走して、あんな事に⋯」
「それにしちゃ、朝まで気付かなかったな⋯」
「レヴィとフィデスが結界を張っていたからだと思う。被害も、結界の外までは広がってないんじゃないかな」
十日も過ぎたという今、中庭がそのままの状態で放置されている事は無いだろう。実際の被害を確かめられないルティウスは憶測で語る。
「で?お前が昏睡してたのは、その暴走のせいか?」
「うん」
この先はルティウスからは話せなかった。概要を聞かされてはいるが詳細まではまだ理解出来ていない。それに暴走を止めるためとはいえ、レヴィに光の槍で貫かれたなどと言えば叔父が怒るのは目に見えている。
ただ一つ言える事は、揺るぎない事実のみ。
「俺が戻れたのは⋯レヴィのおかげなんだ」
首元で光る聖石。小さなこの石がレヴィとの繋がりを維持し、ルティウスの命をも繋ぎ止めていた。それはオストラからも聞いた話で、確かな事実。
「⋯この期に及んで全部を白状してない気もするがな⋯。それ以上は、俺達には話せない内容なんだな?」
言い淀む様子を見たリーベルは察する。まだ話せる段階に無いと。
ならばと、リーベルは問いを変える。これは共に西へ向かうリーベルにとっては重要な事。
「その魔力の暴走ってのは、また起きる可能性はあるのか?」
道中、もしもレヴィ達が居ない状況で暴走してしまえば、魔法の才が無いリーベルには止められない。大切な甥を救う事が出来なくなる。巻き込まれる危険よりも、ルティウスの安全を懸念していた。
「多分、大丈夫。今は⋯⋯竜の力で制御されてるから⋯」
うっかりオストラに制御されてると言いそうになるが、ギリギリで抑え込み『竜の力』と誤魔化せた。この言い方ならば嘘でもなく、レヴィの力と思ってくれるだろう。
「そうか⋯」
腕を組みしばらく考え込む素振りを見せたが、すぐにリーベルは元の優しい笑みを浮かべて告げた。
「レヴィには、ちゃんと感謝しないとだな」
「あ、うん⋯」
言われて始めて、ルティウスも思い直す。レヴィが居なければ、こうして生きて彼らと話す事はなかった。後で、きちんと彼には礼を言おう⋯そう心に決めていた。




