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竜と神のヴェスティギア【過去編同時連載中】  作者: 絢乃
第七話

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「落ち着いたか⋯?」

「⋯うん、急にごめん」

 聖石という魔力の繋がり。そして今はオストラの思念という、レヴィと関わりの強い存在がルティウスには宿っている。さらに掴まれた腕から直接想いが流れ込み、レヴィの代わりに涙を流していた。そう考え至ったルティウスは、乱暴に扱ってしまった事を悔いるように目を逸らしているレヴィを見上げて、やがて笑みを浮かべた。

「なぁ、レヴィ」

「何だ」

「⋯さっき言ってた事」

「どれの事だ」

「何を隠してるんだって⋯」

「やはり隠しているのか」

「うん。でもこれ、言うの怖いんだよなぁ⋯」

「さっさと言え」

「えっとね⋯⋯⋯」

 ついに覚悟を決めたルティウスは、彼の兄弟竜が言っていた言葉を伝えるべく口を開いた。

「レヴィの事、軟弱野郎⋯だってさ。オストラが」

「⋯⋯⋯は?」

 隠しておきたかったのは、オストラが言い放ったレヴィに対する暴言の数々。ただそれだけではあったが、隠しておく事であんなにも悲しむのなら打ち明けるしかない。それでレヴィが怒り狂って世界を滅ぼしたとしても、全てはオストラのせいだ⋯と、責任を全て彼の兄弟竜へと押し付ける事にした。

「あと、俺を助けてくれたのも、レヴィへの嫌がらせなんだって、笑ってたかな」

「⋯⋯」

「俺の事もクソガキとか呼ぶしさ。性格も口も悪い竜だよなオストラって⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯レヴィ?」

 気付けば少しだけ項垂れているように見えるレヴィの表情は、さらりと流れるように垂れた髪に隠され確かめられない。しかし首元の聖石は輝き、同時にレヴィから膨大な魔力が放たれるのを感じた。

「え、ちょっ⋯レヴィ?」

「お前の中から、奴を追い出す⋯」

 あまりにも低められた声に鳥肌が立った。これは駄目だ⋯と絶望を抱いてしまうほどに、レヴィはキレていた。 

 本当に辺りを滅ぼされかねないため、ルティウスはそっと結界を張り巡らせた。オストラに与えられた知識のおかげか、驚くほど自然に魔力を操れる。そして結界の展開に気付いたレヴィが、やはり不機嫌な顔をしてルティウスを睨んでいた。

「それほどの精密な防御結界も、奴の影響か⋯」

「うん⋯だけど、オストラは言ってたんだ」

「何を」

「レヴィは、頭は良いって。制御は俺より上手だから、あいつに早く魔力制御を教われって」

 直後、レヴィから怒りの表情と荒れ狂う魔力の波動が消え去った。驚いたように目を見開いて、ルティウスを見つめたまま固まっている。

「多分、オストラもレヴィの事を認めてるんだよ。言い方はめちゃくちゃだったけど、レヴィの事を気にしてるみたいだった」

 あまりにも長い間憎しみ合っていた兄弟。けれど本心では、案じていたのだろう。手段を誤り修復出来なくなるまで確執を深くしていても、レヴィがぎりぎりまでオストラを殺す事を躊躇っていたように。

「まぁそれよりも、さっさと出ていきたいから、早く自分で制御出来るようになれって意味なんだろうけどね」

 右手に握っていた光の槍も既に無く、レヴィの怒りが収まっているのだと分かる。

「⋯ならばヴェネトスへ向かう道中、徹底的に教えてやろう」

 顔は笑っている。けれど金色の瞳は冷ややかで、その歪な笑い顔はまるで剣を持ったあの時のレヴィを彷彿とさせた。戦慄を覚え背筋が冷える思いで見上げていると、やがて大きな手が伸ばされいつものように頭を撫でてくる。

「⋯ん?あれ、ヴェネトスへの道中って⋯船は?」

「ルティの意識が彷徨っている間に、運航を再開している」

 そしてルティウスは驚きの事実を知る。自分があれから十日も目覚めなかった事。

 その間にテラピア主導の元、ベラニスの復興は進み、西への渡し船と停泊する港も優先して修復されていた。全て元通りとは言えずとも、人々の暮らしは以前の穏やかさを取り戻しつつあると聞かされ、同時にルティウスは考えていた。

 ベラニスを破壊したオストラを内に宿している自分は、これ以上この街に長居をするべきでは無い、と。

「⋯明日にでも、出発出来るかな?」

「可能だろう。お前を西へ行かせるために、テラピアは奔走していたのだから」

 予想していたよりも随分と長くベラニスに滞在する事となったが、ようやくヴェネトスへ向かえる。最後に顔を合わせたのがいつか思い出せない程会っていない上の兄の元へ、やっと行ける。そして⋯。

「俺さ、実はね⋯」

「何だ」

「グラディオス帝国のあるこの大陸から、出た事が無いんだよね⋯」

 恥ずかしそうに打ち明けた事実。見知らぬ土地へ向かう事への期待が胸中を埋め尽くしている。いつか世界を旅してみたいという、長年抱き続けていた願望が、いよいよ叶うのだ。

 これからの前途に不安はあれども、楽しみの方が勝っている。

 けれど、知らぬ土地を闇雲に動くのは得策ではないと、旅慣れないルティウスも分かっている。だからこそ、レヴィに頼るしかない。

「だからまた、レヴィに案内をお願いしたいんだ」

 しばしの沈黙の後、盛大に溜め息を吐いたレヴィが穏やかに微笑み、ルティウスの願いへと答える。

「また、私は直進しかしないぞ?」

「…ふっ」

 返ってきた回答に、思わず噴き出した。思い出されるのは、出会って間もなくの旅路。道なき道を問答無用に突き進むあの光景。

「叔父様が驚くかもね」



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