0072
「で?どうしてオストラの魔力をルティから感じるのか、そうなった経緯を詳しく説明してもらおうか?」
無事である事に安心したのか、レヴィは保護者モード全開でルティウスへと詰め寄った。まるで帰宅の遅い子供を叱る親のように。
「⋯だから、その」
「はっきり言え」
「⋯⋯う、分かったよ」
全てを詳らかにするまで逃がさない、まるで圧を掛けられてるかのような声と視線に根負けし、ルティウスは理解出来ている範囲で全てを語った。
意識が途切れた後、気付くと彷徨っていた何も無い場所でオストラの思念と遭遇した事。
根源に引き摺り込まれ生死の境に在ると告げられた事。
その原因は根源と接続した事により増大した魔力の暴走で、抑え込むために力を封じたが手遅れだった事。
そしてオストラによって封印を解かれ、代わりにオストラ自身の思念が魔力の核を保護し、ルティウスの膨大な魔力を制御してくれている事。
包み隠さず体験した出来事を打ち明けたが、魔力を抑えてくれている理由がレヴィへの嫌がらせだと明言していた事だけは、絶対に伝えてはいけないと本能が警鐘を鳴らす。
「⋯⋯まさか奴が、人間のルティを守護する側に回るとはな」
腕を組み考え込むレヴィは、まだオストラの真意には気付いていないようだ。ほんの少しだけ安堵し、ちらりと様子を伺うべく視線を向けた瞬間、金色の眼差しと交差してしまう。
「お前、まだ何か隠しているな?」
「な、何にも無いよ。あれで全部だって!」
「嘘だな」
慌てて目を逸らしても既に遅く、逃げ出す前に腕を捕まれ強い力で引き寄せられた。
「お前は何かを隠している時、必ず私の様子を窺ってから目を逸らす」
「いや、何でそんなに細かく俺の事見てんだよ!」
「⋯ッ、誰のせいだ!」
張り上げられた怒声に、身体が竦む。いつもの過保護かと思い普段と変わらない調子で反論をしていたが、レヴィの様子は明らかに違っていた。
「そうでもしなければ、お前はすぐに抱え込んで爆発させるだろう!」
珍しくレヴィが声を荒らげて、同時にルティウスの身体をベッドへと押し倒した。掴んだ腕はそのまま、真上から見下ろしてくる金色の瞳は揺らめき、逆に動揺していたはずのルティウスは不思議と心が凪いでいく。
「あの夜がそうだ⋯お前は怒りを吐き出さず抱え込んだまま、力を暴走させて死にかけただろう」
「レヴィ⋯⋯⋯」
「私が止めていなければ、お前の身体は崩壊していた。自らの魔力に侵食されて、魔物と同じものに成り果てるところだった」
掴まれている腕に強い力が込められていく。きつく握られて痛みを感じたが、けれど振り解けなかった。
「止められたと思えば、今度は根源に引き摺られただと?今の私では手を出せない深淵まで堕ちて…そうと知った時の絶望がお前に分かるのか!」
何も出来なかった。
自分には救えなかった。
己に抱いた無力への苛立ちを吐露する声は少しだけ震えていて、けれど止めどなく溢れて抑えられない。
ルティウスへ感情をぶつけても仕方ないと分かっているのに、言葉は次々と出てくる。
「ただ待つしかなかった者達が、どれだけ悲しんでいたと思ってる!」
「⋯⋯⋯」
「また⋯私に失わせる気だったのか⋯?死なないと言い切ったお前は、約束を違えようとしていたのだと、理解しているのか?」
その一言でルティウスも思い出した。レヴィが過去に多くのものを失ってきている事を。それを聞いたルティウスは確かに誓った⋯絶対に死なないと。
これほどまでに感情を露わにするレヴィは初めてで、返す言葉を失ってしまう。
気付けば、ルティウスの大きな蒼い瞳からは涙が零れていた。
「⋯ルティ?」
「え、あれ⋯?何で、涙なんて⋯」
拘束されていない右手で乱暴に目元を拭っても、何故か涙は止まらない。掴まれている左腕は痛いが泣くほどではない。悲しい訳でもない。ただ心の奥からは、自分のものとは違う感情が溢れているような気がした。
それがレヴィから伝播した想いだと気付くのには、少しの時間を要した。




