0071
惨劇から十日が経過した頃。
未だベッドに寝かされたまま目覚めないルティウスの傍には、諦観と悲嘆に暮れるリーベルとテラピアも集まっていた。容態を何度も診ているフィデスまでもが、いよいよ無理かと諦めの気持ちを抱き始めていた。
生命反応が消えた訳ではない。鼓動も呼吸も異常なく続いている。けれどルティウスの身体からは、彼をルティウスたらしめる意識の源が感じ取れていなかった。
「⋯⋯レヴィ」
「ルティは戻ってくる」
もう諦めよう⋯そう告げようとしても、レヴィは頑なに聞こうとしない。フィデスにも感じ取れない根の奥底で、まだルティウスの存在を見失ってはいないレヴィだけが、諦めようとしなかった。
その時、眠り続けるルティウスの身体から魔力が放たれ、同時に淡い光を帯び始める。
「な、何だ!おい、何が起こってるんだ、レヴィ!」
突然の様子の変化にリーベルが声を張る。何かを知っている素振りのレヴィへと問うが、返事は無い。ただじっと、ルティウスを包む光の正体を探ろうと【眼】を凝らしていた。
蒼白い輝きはレヴィにとって覚えのあるもの。自らの手でその命を終わらせた、双子の竜が放つ本来の魔力と同じ色をしていたからだ。
やがて輝きが収まった頃、ルティウスはついに目を覚ました。長く待ち望んだ瞬間の到来に、テラピアとリーベルは涙を流し喜んでいる。
フィデスもまた大きな瞳に涙を浮かべ、張り付いたままの保護者さえ居なければ勢いよく飛び込みたい気持ちでいた。
しかしレヴィだけは、不機嫌な表情でルティウスを睨み付けている。
「⋯⋯レヴィ?」
「ようやく目覚めたか、ルティ」
もっと喜ばれるのだと思っていた。けれど掛けられた声はとても冷ややかなもので、その瞬間に目覚めたばかりのルティウスは悟る。あぁ、早速気付かれてるんだな⋯と。
「みんなも、心配かけてごめん」
長くベッドに寝かされていたが、身体が鈍っている訳でもない。ゆっくりと上体を起き上がらせるが、けれどいつものようにレヴィが手を貸してくれる事はなかった。
「ごめん、ちょっと⋯レヴィと二人にしてもらえないかな」
感極まった様子のリーベルやテラピアもまた、ルティウスが纏う雰囲気の変化に気付く。当然のようにフィデスも気が付いていたが、リーベルとテラピアを伴って無言のまま部屋から出ていった。
「レヴィに、話さなきゃいけない事があるんだ」
「⋯その魔力の色、お前のものだけではないな?」
「やっぱり、レヴィなら分かるよね」
「⋯テラピア達を部屋から追い出したのも、その話をする為だろう?」
「うん」
「何があった」
苛立ちを滲ませつつもベッドの端に腰を下ろし、ルティウスからの言葉を待ってくれるレヴィは、やはり優しいなと笑みが浮かぶ。
「俺さ、根源の向こうに引き摺られてったみたい」
「知っている。封石を渡すのが遅れたせいだろう」
「でも、聖石のおかげで繋ぎ止められていたんだって」
「⋯⋯その話、誰から聞いた?」
ルティウスはわざと、他者から聞いたもののように語った。その名を本当に言っていいのか、まだ分からないから。
「⋯レヴィが気付いた通りだよ」
「オストラの思念か⋯」
無言で頷くと、レヴィは大きく溜め息を吐いた。予想していたよりも温厚な反応に拍子抜けするが、まだ重要な事実を話してはいない。全てを伝えたらどれほど叱られるのかが恐ろしくて、問われた事以外は黙っておくべきかと考え始めてしまう。
「それで?奴の魔力をお前の内側から感じるのは何故だ?」
「あ~⋯レヴィが気付かない訳ないよなぁ」
バツが悪そうに視線を逸らしても、向けられる視線の気配は変わらない。
「俺の、魔力の核?ってやつをさ、オストラが守ってくれたんだ」
「⋯追い出せ」
「どうやってやるか分かんないよ?」
「奴の事だ。どうせ私への嫌がらせのつもりだろう」
「⋯⋯そこまでバレてんのかよ」
意識の奥底で、オストラの笑う声が聞こえたような気がした。その証拠に目の前のレヴィは眉を顰め、ひたすら不機嫌を集めたような表情をしている。
ルティウスの中にオストラの守護が存在している、その利点さえ知れば、もしかしたら納得してくれるかもしれない。そう考えて、脳内に浮かび上がる知識の中から選び始めた。今のレヴィに示すなら、何が適切なのかと。
そうして選んだのは、レヴィも扱う物質創造の魔法。
槍や剣などの武器を創る事が多いレヴィに対して、ルティウスが選んだのは小さな指輪。左手を翳し念じるように意識するだけで、何も無い場所に寄り集まる魔力は次第にその形を成していく。間もなくして現れたのは、レヴィから貰った聖石と似た色の魔石が埋め込まれた小さなリング。
「オストラのおかげで、力の使い方が少し分かったんだ」
本当は少しではなく大半を理解出来てしまったけれど、ただ使えるだけの力は意味を成さない。真に理解するには、まだ経験が足りていない。
しかしレヴィの機嫌は良くならなかった。さらに表情を顰めて睨むようにルティウスを見ている。
「そ、それにオストラに言われたんだ。レヴィに早く魔力の制御を教われって」
「⋯⋯⋯オストラが?」
どこか半信半疑の様子で問われるが、ルティウスは首肯する。
「この前戦ったオストラとは全然違ったんだ。めちゃくちゃ口は悪いけど⋯それでも、レヴィを気に掛けてる感じで⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
何を言ってもレヴィの表情は変わらない。あれほどオストラを悼んで悲しそうにしていたのが嘘のように、オストラの話をすればするほど表情や視線が冷たくなっていく。
「⋯⋯まだ、怒ってる?」
「⋯⋯⋯⋯」
何も言わないレヴィは、しかし厳しい表情の裏側で本当は怒ってなどいない。ただ気に入らないだけで、醜い感情をルティウスへぶつけてしまわないよう抑えているだけだった。
そして言いたかった事をまだ伝えられていないのだと思い出し、必死に宥めようとしてくる少年の小柄な身体をそっと抱き寄せて、その一言を絞り出すように吐き出した。
「無事で良かった⋯⋯⋯」
微かに震える声で囁かれ、態度には表さなかった本心を垣間見る。本当は冷静でなど居られなかった。きっと大丈夫と信じていても、目覚めるまで不安は尽きなかったのだと。
「⋯心配させて、本当にごめん」
大きく温かなレヴィの身体に凭れ掛かり、無事に戻れた事を改めて実感する。あのままオストラに出会えなかったら、こうしてレヴィと話す事も叶わなかっただろう。自身の内側から微かに感じる魔力に向けて、声には出さないまま『ありがとう』と呟いていた。




