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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第一話

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0007

 どこからか、水の流れる音が聞こえる。ここがどこなのかもわからず、浮上したばかりの朧気な意識の中、耳に届く情報だけが脳へと伝わっていく。

 感覚が戻りつつある手に触れるのは、冷たく硬い地面のような感触。アミクスの魔法で飛ばされた事は覚えている。水脈を伝う転送と聞いたから、きっと水場に近いどこかなのだろう。

「うっ…」

 皇都にいた時に聞こえてきた轟音や衝撃は一切感じられない。本当に、遠くに飛ばされたんだろう。目を開けて、ゆっくりと身体を起き上がらせる。触れた感じそのままに、俺が倒れていたのはどこかの洞窟の地面のようだった。


 辺りを見渡すが、外の光も届かない薄暗い洞窟の奥だという事以外は、何も判らない。転送の影響が身体に異変を起こしていない事を確かめてから立ち上がり、出口を探しつつ周囲を散策する為に歩き回ってみた。

 耳を澄ませると、やはりどこか遠くから水の音が聞こえた気がする。何も無くともせめて水があれば、どうにか生きる事は出来るかもしれない。水の流れを辿って外に出られる可能性も僅かだが見えてくる。そう思って、俺は聴覚を研ぎ澄ませて水の音が聞こえる方向へと歩いて行った。

「何だろう、ここ…」

 洞窟の中には、灯りと呼べる物は存在していない。だというのに視界が確保されている。徐々に目が慣れて、足元の状態を確かめる事も出来ているが、見えている事そのものを不自然に思ってしまう。

 外の光が入り込んでいる訳でもないのに、どうして周りが見えているのか不思議だった。人の手が入った形跡も無い。だがよく見ると、周囲の岩壁がほのかに光を放っている事に気付けた。

「この光…魔力か?」

 何とも神秘的な場所だな…と、おそらく暢気としか言いようがない感想を抱いてしまう。我ながら危機感に乏しすぎると自覚して、だがそのせいで俺はまた大事な人を失ったのだと思い出し自己嫌悪に陥った。

「アミィ……何で、俺なんかを……」

 また守られた。もう誰にも守られなくていいように剣も魔法も覚えた。なのに活かせないまま、助けられてしまった。そんな自分が許せない。

 だけど生かされたのだから、俺は生きなくちゃいけない。助けようとしてくれた思いに報いなければ、俺はもっと自分を許せなくなるから。

 先の事を考えながら歩き続け、そして辿り着いたのは、出口とは程遠い最奥と思われる場所。そこには大きな泉が広がっており、中央には巨大なクリスタルらしき何かが浮かんでいた。

「何だ、あれ……?」

 皇族として育った事もあり、この国の歴史や遺跡についてはある程度以上の知識がある。だけどこんな場所の事はどんな文献にも記載が無かった。

 誰にも知られていない、秘された場所。眼下に広がる泉も、国のどこを流れる川や水源より綺麗なのが一目で分かる程だ。

「こんな場所が、この国にあったなんて……」

 泉の傍に膝を着き、指先を水面へと伸ばす。そうして水に触れようとした瞬間、頭上から何者かの声が聞こえてきた。


【……この泉に触れるな】


 威厳に満ちた、だけど柔らかな声だった。拒絶の言葉を発せられたが、何故か恐怖は感じない。

「誰か、居るのか?」

 それに、初めて聞いた声のはずなのに、どこか懐かしさを覚える。

 俺はこの声を、どこかで聞いた事があっただろうか?

「ここは一体何なんだ?それと、泉に触れてはいけない理由は?」

 まずは尋ねる。この泉に触れる事を止められた理由を。人知れず存在していた場所ならば、相応の禁忌もあるのかもしれないから。


【この泉は我が封印。然るべき者以外が触れれば、その身は封印の呪いに蝕まれる】


 何度か瞬きを繰り返しながら、返された言葉の意味を考える。それはつまり、封印の媒体のようなものだから危険がある…そう言いたいのだろうか?

「触ると俺が危ないから駄目なのか?」


【…………】


 再び問うが、今度は返って来ない。だが否定もされなかったから、あながち間違いではないのだろう。

 様子を伺いながらよく観察してみると、泉もまた辺りの壁と同じようにうっすらと輝いて見える。強い魔力を帯びているのが触れなくても分かった。

 しかし気になるのが『封印』と言っていた事。声の主はここに閉じ込められてでもいるのだろうか?

「なぁ、封印の呪いってどんなものなんだ?」

 俺に出来る事があるならやってみてもいいと思えた。自分の運命を呪いつつある俺自身が、これ以上何かの呪いを受けたとしても大した変化は無いだろう、そんな自虐的な思考に至っていたのかもしれない。


【…触れるな…疾く立ち去れ】


 今度は少しばかりの拒絶が含まれていた。立ち去れと言われてしまったが、しかしそこに一番の問題がある。

「悪いんだけどさ…俺、ここがどこなのかも、出口がどこにあるのかも知らないからな」


【知らない…?ならばそもそも、どうやってこの場に辿り着いたというのだ?】


 ごもっとも…と笑って返したくなる。おそらく超常の存在であるこの声の主なら、きっと何か知っているかもしれない。

 俺をこの場所へ送り届けた魔法の事も。

「魔法でここへ送られたんだ。狙ってここに飛ばされたのかは判らないけど……確か、水脈を伝わらせる転送魔法って言ってたはず」


【…………】


 返答が無い。何か思案しているかのような無言の間が続く。

 俺には大それた事が出来る力は無いけれど、この封印を解除する事は可能なのだろうか。封印の呪いとやらをどうにかすれば、効力が弱まったりもするのだろうか?

 その場で考えつくあらゆる方法をぼんやりと思い浮かべているうちに、泉へ伸ばしていた俺の指先が僅かに、無意識のまま水面へと触れていた。

「あ、冷た…」

 触った感じはただの水でしかない。何か異常を感じるといった事も無い。俺を蝕む呪いとは、一体…?



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