0064
ようやく泣く事が出来たテラピアは、リーベルに連れられて自室へと戻って行った。一緒に居る事の多かったフィデスは打ち明けられていたようで、心配そうにテラピアを見送る。
「テラピアちゃんね、ずっと悩んでたんだ。自分には戦う力は無くて、癒す事しか出来ないから⋯仇討ちを望むなら、誰かを頼るしかないって」
「⋯それは、辛かっただろうな」
彼女の気持ちは痛いほどよく解る。母を殺されたあの頃の自分も、今の彼女と同じだったから。
「ボクが手を貸したくてもね、ボクら竜神には誓約があるからさ⋯直接、人を殺める事は許されないんだぁ」
神にとって殺戮は禁忌の一つであり、破ればレヴィのように封印されてしまうのだとフィデスは語る。
「これは⋯俺達『人間』の問題だろ。だったら、俺がやるよ。あいつは⋯ラディクスは、俺がこの手で⋯!」
どれだけの確執があろうとも、兄への敬意だけは忘れなかった。けれど今、そんな感情はどこにも無い。確固たる敵として認識を改め、必ず討つという覚悟の元、兄であった存在の名を初めて呼び捨てた。
そうして決意するルティウスに、レヴィとフィデスは素直に賛同してやる事が出来ない。竜神という立場のせいで、人を殺める事への加担すらも本来は許されていない。そして立場以上に、ルティウスが抱いた決意は、ルティウス本人を深く傷付ける結末になると予想出来てしまうからだ。
「ルティ⋯⋯」
「大丈夫だよ、レヴィ。怒りで我を忘れてる訳でも、自棄になってる訳でもない。直ぐには無理でも、遠くない内に必ず⋯って考えてるだけだから」
ついに声を掛けるレヴィへ、ルティウスは平然と返す。声音や表情は普段通りのもの。しかし聖石を通じて伝わる感情は奥底が見えない程に暗く、濁流のように激しく荒れ狂っている。
今のルティウスは何をしでかすか分からない。周囲が勝手に認知していただけの保護者という肩書きはレヴィ自身へと浸透し、暴れ出しそうな少年の手綱を握るが如く、ルティウスを抑え込む必要を感じていた。
大丈夫と告げた後、席を立ったルティウスは二人を置いて静かに自室へと戻っていく。扉の向こうへ消える小柄な後ろ姿を見送る竜神達は、揃って視線を伏せていた。
「ボクたち、ルティ君の為に、何が出来るんだろうね⋯」
「何も出来ないだろう。ルティが望むのは、兄だった者への報復だ」
止める事は可能だとしても、本当に止めさせるのが正しいかは神と言えども答えを出せない。選ぶのは人間自身なのだから⋯それが神を冠する者達に課せられた掟であると頭では理解していても、心は到底納得など出来はしない。
「アールならさ、何か良い考えが浮かんだりしないかな?」
「どうだろうな⋯⋯」
これから向かうのは風の竜神が居る領域。知に富んだかの竜ならば、確かに力にはなるだろう。フィデスの一言にレヴィも思案するが、何か良くない事が起こる気がしてならない。今後はリーベルも同行する事になりルティウスを守る為の戦力は申し分なくとも、それ以上の何かが待っている⋯そんな予感があった。




