0063
まるで触った事はあるような口振りだが、レヴィが拒否するのだから本当に不得手なのだろう。何でも出来る神様だと思っていたルティウスとしては意外だった。
「さて⋯⋯俺もそろそろ支度を始めるかねぇ」
「支度?叔父様、これから仕事?」
時刻は間もなく昼食の頃。また一緒に食事をと考えていたが、行ってしまうのだろうか。少しだけ残念そうにリーベルを向くルティウスへ、けれど叔父は首を横に振る。
「いや、仕事ではなくてな⋯⋯」
「⋯どういう事?」
「お前さん達の出発に合わせて、俺も付いて行こうと思ってな」
「⋯えっ?」
「は⋯?」
あまりにも急な宣言にルティウスとレヴィは揃って目を丸くする。同時に、彼の立場を知る二人は同じ疑問を抱く。ベラニスの街はどうする?と。
「叔父様、自警団は?」
「後輩達に後を託してきた!」
「えぇ~~⋯⋯」
つまり、ここで同行を拒めば彼は見事『無職』となる。先手を打ち自警団の長を譲ってきたのは、リーベルなりの策略でもあった。全ては、心優しいルティウスの性格を把握した上での事。
「⋯お前の判断に任せるぞ」
レヴィはリーベルが付いてこようとも気にしていない様子。ルティウスが望むなら、わざわざ拒むつもりは無い。
そして決定権を委ねられたルティウス本人は、当然ながら断る理由など持ち合わせていない。強く頼もしい叔父と一緒ならば、この先の旅もきっと楽しいだろうから。
「俺も構わないよ。叔父様が来てくれるというなら、むしろ有難い」
「じゃ、決まりだな」
にこやかに笑うリーベルは右手を差し出し、ルティウスへと向ける。ルティウスも意図を汲み取り、力強くその手を握り返した。
あまりにも用意周到に、既に荷物も纏めていたリーベル。暮らしていた場所は引き払い済みで、いつでも出発出来る程の準備を終えていた。
夜になると普段ならば自警団の宿舎へ帰るリーベルだが、既に長の座を後任へと譲り渡しているため、今夜からはこの領主邸に泊まる事となった。帰還したテラピアと彼女に同行していたフィデスも驚いていたが、こうなる事が分かっていたかのように使用人へと指示を出し、リーベルの部屋を準備させている。
「リーベルさんも、行っちゃうんですね⋯」
夕食後の広間で、リーベルの出立について聞かされたテラピアは寂しそうに呟いた。付き合いの長い友でもあるリーベルは、彼女にとって兄のような存在でもある。いつか離れる事になると覚悟はしていても、いざその時が近付けば寂しい気持ちが溢れてしまう。
「出来る事ならば、私も付いて行きたかったです」
「おいおい、今のベラニスからテラピアちゃんが居なくなったら、誰が街を仕切るんだ?」
「それはそうですけど⋯」
本当はリーベルと共に、ルティウスと同行したかった。けれど領主代行という立場がそれを許さない。父さえ健在ならば⋯と考えても、死んだ人間はもう戻らない。
だからこそ、テラピアは彼に託すしかなかった。今は動けない自分の代わりに、これから世界へと旅立つ第三皇子へと。
「⋯殿下に、お願いがあります」
「え、改まってどうしたんだ?」
椅子に座ったまま、両手を強く握りしめる。彼にこの想いを託すのはあまりにも残酷だろう。だが責任感が強く優しいルティウスならば、応えてくれるかもしれないと僅かな期待を抱く。
「どうか⋯どうか第二皇子を、許さないで下さい!」
「⋯⋯⋯⋯え?」
それはあまりにも唐突で、けれど切実さの滲む本気の願い。
「⋯どうしてなのか、聞いても大丈夫か?」
「ベラニスの前領主⋯私の父は、第二皇子が起こした内乱に巻き込まれて⋯」
皇位を求める第二皇子が皇帝への謀反を起こし、国を荒らしたあの日、テラピアの父は偶然にも帝国へと出向いていた。それを聞いたルティウスは、ふと思い出す。
魔道士団本部を出て住処の屋敷へ帰る道中、南の都市から来たという見慣れない者達の姿を見かけた事を。
彼らがベラニスの領主とその一行だったのだとすればあまりにも不運で、不幸な最期を遂げさせてしまった事になる。ただ自らが治める街の為にと皇都を訪れただけで、そのまま二度と故郷へ戻れなかったのだから。
「俺、前領主を見かけたかもしれないんだ⋯何人かで、皇都を散策している見慣れない人が居て⋯それは、俺が帝国から送り出されるほんの少し前の事だった⋯」
そして彼は、第二皇子の放つ攻撃と爆炎が止まない皇都から、生きて出る事は叶わなかった。亡骸は帰還を果たせても、迎え入れたテラピアの心情を思えば、掛けられる言葉など見つかるはずもない。
「本当は仇を討ちたいです⋯でも、それでも、殿下のお兄様ですから⋯⋯」
「もういいよ⋯」
控えめでありながらも必死に懇願するテラピアを遮り、ルティウスは俯く。
落ち込んでなどいない。むしろ逆で、少年の内では静かに、だが激しい怒りの感情が渦巻いていた。
「俺に気を遣って、遠慮なんてしなくていい」
「ですが、あの者は殿下のお兄様で⋯⋯」
「あんな奴をもう、兄などと思うものか!」
怒りのままに、ルティウスは強く握った拳をテーブルへ思い切り叩き付けた。部屋中に響く音に反して、集う者達は静かに見守るしか出来ない。そこに、誰もが知る温厚で優しい第三皇子の顔は無い。レヴィですら声を掛けられない程に、ルティウスは憤慨し表情を凍りつかせていた。
「君の父上の無念は、俺が晴らしてみせる。だから⋯テラピアはどうか、安心してベラニスを守っていてくれ」
「⋯ルティウス、殿下⋯⋯」
母を殺し、友を奪い、ついには関係の無いテラピアの父の命まで奪ったラディクス第二皇子は、最終的に討つべき敵だと心に刻む。いつか対峙した際には、兄として接してきた過去を捨て去り全力で斬り伏せる⋯抱いた決意は強固なものだった。
「⋯殿下⋯⋯ごめん、なさい⋯こんな、酷い⋯お願いを⋯⋯貴方にしてしまって⋯」
本当は辛かったのだろう。悲しむ暇も無く領主として立ち回らなければならなかったテラピアは、おそらく父の死後、初めて人に弱音を吐いている。そんな彼女を傍で見守ってきたリーベルが、優しくテラピアの肩を抱き寄せていた。




