0061
翌日、領主邸の中庭にルティウスとレヴィ、そしてリーベルの姿があった。まるで見届け人のように端で佇む男の顔からは、あまりにも濃い疲労が滲み出ている。街の復興と警備に忙殺されていたのは聞かなくとも窺い知れた。
「叔父様、大丈夫?」
「おーう、気にすんな⋯ま、これも街を預かる者の宿命ってヤツよ」
せっかく暇を見つけたのなら休めばいいのにと思うルティウスだが、二人の立ち合いを見れるとあっては呑気に休んでなどいられない⋯というのが剣士である叔父の心境。
離れた位置で見守りに徹する構えのリーベルを置いて、ルティウスはレヴィへと向き直る。彼の手には、既に魔法で創造された剣が二本用意されていた。
「⋯あれ、今日は槍じゃないんだ?」
「たまには、な」
フィデスが言っていた事を思い出す。レヴィは槍を『選んだ』だけで、あらゆる武器を試していた時期があったのだと。
「基本的に前回と同じだ。魔法は使わず、私に一撃入れるまで続けるぞ」
「了解っ!」
剣を受け取り、構えながら距離を取る。両手で柄を握るルティウスに対し、レヴィは片手で軽く持っているだけ。明確に構えている訳でもなく剣先は地面へと向いたまま。だと言うのに、剣を持つレヴィからは一切の隙が見つからない。
「こりゃ、やべえな⋯」
その立ち姿を目の当たりにしたリーベルが、感嘆の声を漏らしている。向き合ってもいないのに、リーベルですら隙を見出せない。槍を握っていた時とは比較にならない程、圧倒的な力量差を二人へと見せつけている。
「さぁ、来い」
穏やかな声がルティウスを呼ぶ。遠慮も加減も不要とばかりに微笑みを浮かべるレヴィへ向けて、剣を握り締めてルティウスは駆け出した。
それから数時間後。
案の定、ルティウスはまた地面に寝転がり呼吸を荒くしていた。
「⋯なん、で⋯だよッ!」
槍に比べれば懐にも潜り込みやすい。手数でどうにかと攻め続けたが、レヴィもまた剣を持っていた。ルティウスと同じだけの手数によって全てを捌き、一撃入れるどころか相変わらず服の端を掠める事も出来なかった。
「以前よりは向上しているようだが⋯まだまだだな」
涼しい顔で告げられ、ルティウスは不貞腐れる。いつかその余裕を崩してやる⋯密かにそんな目標を抱いてしまう程。
「⋯なんかこの短期間で、ルティウスの動きが変わったなぁ?」
「⋯⋯え?」
一連の攻防を見守っていたリーベルが、ふと呟いた一言。達人だからこそ見抜けた何かがあるのだろうが、ルティウスには全く自覚が無い。
「⋯お前には分かるだろうな」
「そりゃあな」
やはり、一戦交えた後からどこか仲良くなっている雰囲気のレヴィとリーベルが静かに頷き合う。
「あれだろ、急に剣に変えたのは、槍のままじゃ一本取られて調子に乗らせちまうからだろ?」
「⋯⋯それは言わなくていい」
「⋯⋯⋯えっ?」
どこかばつの悪い表情を浮かべてリーベルを睨み付けるが、言い放った本人は気にした素振りもなくルティウスの傍へと歩み寄り、その場でしゃがみ込んだ。
「ほら、俺みたいなのはともかく、お前さんの剣なら小回りが利くだろ?ルティウスの動きが前よりも速くなってて、槍のデカさじゃ捌き切れないだろうって、コイツは最初から分かってたんだよ」
言われて初めて、それまでの打ち合いを思い返す。あと少しで届きそうな瞬間は何度もあった。けれど寸前で全てを防がれ、一撃は届かなかった。もしもあれが剣ではなく槍だったなら、届かせる事が出来たのかもしれない⋯と、悔しく思うタイミングは幾度かあった。
「⋯レヴィ、あんた⋯負けず嫌いだろ⋯」
「だったら何だ」
「俺に一本取られるのが嫌で剣にしたんだろ⋯」
「⋯⋯⋯ただの気分だ」
「何だよ今の間は!」
この反応は間違いなく、リーベルの言葉が事実という証。どこか大人気ないレヴィを睨み上げるが、彼はどこか遠くへ視線を逸らしている。あまりにも分かり易すぎる態度に、もはや笑いが込み上げてしまった。
そして考えついてしまう。いつかやろうと思って、なかなか出来なかった戦闘スタイルがある。その戦法を試すのに、今は絶好のチャンスかもしれないと。
「ね、レヴィ」
「⋯何だ」
「この剣、もう一つ創れる?」
「⋯⋯可能だが、何故だ?」
「じゃ、創ってよ」
「⋯⋯⋯⋯」
唐突なルティウスからの頼みに怪訝な表情を浮かべてしまうが、請われたのは容易い願い。魔力を集束させ言われるがままに同じ剣を創造すると、座り込んだままにやりと笑うルティウスの前で地面へと突き立てた。
「これでいいのか?」
「うん、ありがと」
一言だけ礼を伝えながら立ち上がったルティウスは、左手でもう一つ用意された剣を握る。そのまま地面から引き抜き、両手で二本の剣を構えた。
「⋯ルティ、お前⋯まさか⋯」
「実はさ、コレやってみたかったんだよね⋯」
ルティウスは右利きだと思っていた。しかし左手に握られる剣にブレは無く、構えそのものに揺らぎも無い。まさか両利きなのかと、レヴィも初めて知る。
「レヴィがわざわざ槍から剣に変えたんだし、俺も剣を増やしたっていいよな?」
「お~、面白そうだな。また見守っててやるから、存分にやれルティウス」
「おい、リーベル⋯ルティを止めろ」
「やなこった」
「⋯⋯チッ!」
急展開にレヴィは咄嗟に剣を構えて間合いを取る。あれほど余裕の態度を崩さなかっ竜神は、今までよりも真剣な表情でルティウスへと向き直った。
「なんか、イケそうな気がする⋯」
「⋯調子に乗るなよ、ルティ」
まるで悪役のような台詞を吐き捨てるレヴィだが、先程とは違い視線を一切逸らそうとしない。それはつまり、双剣相手となれば相応の対処が必要と考えたが故。
不意を突く為に、ルティウスは何も言わず懐へと飛び込む。まずは左の剣を振り下ろし牽制の一撃を放つ。当然のように軽々と受け止めるレヴィへ、間髪入れずに右の剣で追撃する。確実に狙いを定めて振り抜いたはずの斬撃は、しかしレヴィが持つ剣の柄尻で止められてしまった。
「なっ⋯!」
「この程度で勝てると思ったか?」
あまりにも精密な剣捌きに驚愕するが、相手はレヴィなのだから神がかり的な防御をした所で不思議ではない。気を取り直して再び地を蹴り、開かれた間合いを詰めていく。ひたすら攻勢に出て刹那の隙を炙り出せばいい⋯ルティウスはそう考えていた。




