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「えっ!」
首元の聖石が輝くと同時に、レヴィの手には細い青色の、おそらく氷で出来ているだろう針が具現化している。まさかここで?と怯えるルティウスは、咄嗟にレヴィとの距離を取るべくベッドから飛び降りた。
「⋯えっ?」
しかし逃げようとするルティウスの身体は、瞬時に発生した氷によって拘束されている。聖石が光っていたので、魔法によって氷漬けにされたのは確実だ。
「おまっ⋯こんな事に、人の魔力を⋯使うなよ!」
渾身の力を振り絞って砕こうとするが、氷はビクともしない。何故?と慌てるルティウスの視界からは、レヴィの姿が消えていた。今までベッドに座っていたはず⋯そう思いながら部屋中を見回すが、次の瞬間背後に気配を感じ、優しいのに恐ろしく感じる声が聞こえてきた。
「怖がらなくていい、すぐに済む」
「待てって、レヴィ!」
尚も抵抗しようとするルティウスの身体は、じわじわと広がる氷によってさらに身動きを封じられていく。左耳に指先が触れた瞬間ビクリと身体を震わせるが、拘束されているため気付いてはもらえない。
「暴れるな⋯ちゃんと貫けないだろう」
「変な言い方、すんなって⋯!ていうかこんな、無理矢理開けなくても!良いだろ!」
「⋯⋯大人しくしろ」
「⋯ッ!」
耳元で、低い声が響く。頭を撫でる時と似た手つきで耳に掛かる髪を掻き分けられ、顕になった耳に再び指先が触れる。開ける場所を決めようとしているだけなのだろうが、耳朶を撫でる感触が擽ったくて、動けないはずの身体が何度も震えてしまう。
「やだ、怖いっ⋯⋯レヴィ⋯!」
「そのままじっとしていろ」
耳朶に、少しだけ冷たく硬い感触が宛てがわれる。同時に強く目を瞑り、訪れるはずの痛みに耐えるべく全身に要らぬ力を込めてしまう。けれどいつまで待っても、痛みは感じない。しばらくして状況を確かめようと、恐る恐る目を開いた。
「⋯れ、レヴィ?」
「終わったぞ」
「⋯⋯⋯え?」
いつの間に?と思うほどの短時間で終わり、恐怖に震えていた自分が恥ずかしくなる。再び聖石が輝くと、ルティウスの目の前に氷の鏡が出現する。そこに映っているのは、左耳にあの封石のピアスが付けられた自分自身だった。
「⋯⋯え?だって、開けるのって、痛いんじゃないの?」
「私が、お前に痛みを与える訳がないだろう」
曰く、ルティウスは目を閉じていたため気付いていないが、開ける瞬間からピアスの取り付けまでの間、ずっと感覚を麻痺させる魔法を一点にだけ掛け続けていたとの事。そのため針を刺す衝撃も痛みも感じないまま、全てが完了していた。
そしてピアスを着けた後には、治癒魔法を掛けて完全に痛みの根本を取り除いている為、すぐに触れても問題がない状態にしている⋯簡潔にレヴィはそれらの説明をしてくれた。
事が済んで、ルティウスを拘束していた氷も既に消滅している。身体の自由は取り戻せたが、無駄に抵抗しようとしたため疲弊しており、その場に座り込んでしまった。
「そーいうのさ、ちゃんと先に言って欲しいよね?」
「⋯お前の反応がおもしろくて、つい⋯な」
遊ばれている⋯その事実に無性に腹は立ったが、レヴィは楽しそうに微笑んでいる。そして今更気付く。レヴィの右の耳には、自分に付けられたものと同じピアスが輝いている事に。
「⋯お揃い、かよ⋯⋯⋯」
「⋯ん?何か言ったか?」
「べ、別に何も!」
これはきっと、またあの賑やかな二人が騒いで揶揄ってくるに違いない。まだ来てもいない少しだけ先の事を考えて、ルティウスは項垂れてしまう。
「⋯しかし、お前の魔力は本当に質が上がったな」
「え?魔力の質?」
再びベッドに座ったレヴィが、しみじみと語る。
「今までは、魔力を借りたところで使える魔法には限度があった。物質創造にも制約があり、創れても簡単な武器程度が精々だったが⋯今は、かなり自由になっている」
それが、おそらく耳に穴を開けた針や砕けない氷に表れていたのだろう。レヴィにとっては良い事なのだろうが、それであんな拘束までされてしまったルティウスとしては、複雑な心境に陥るのも無理はない。
「俺自身も、少しくらい強くなってるのかな⋯?」
「明日にでも、試してみるか?」
レヴィからの提案は、ルティウスにとっては願ってもない事。長らく中断していた稽古を再開してくれるという意味だからだ。
「や、やる!」
「いいだろう。なら明日は⋯覚悟しておくんだな」
「⋯う、うん」
床に座り込むルティウスを置いて、レヴィはベッドから立ち上がり、扉へと向かう。このままこの部屋に泊まるのかと思っていたが、どうやら自分の部屋に戻るようだ。
「早く寝るといい。寝不足だとしても、加減はしてやらんぞ」
そしてレヴィは、部屋の扉を静かに閉めて去って行った。
「⋯はぁ~~~」
一人きりになった広い部屋で、ルティウスは盛大に溜め息を吐いた。
また遊ばれた事はとても悔しいが、しかしレヴィが以前と違う事には気付いている。あの竜神がここまで感情豊かだとは思ってもいなかった。
強引なのも過保護なのも相変わらず。けれど表情は前よりも目まぐるしく変化しており、あれが素のレヴィなのだろうかとぼんやり考える。それが本当に良い事なのかどうかは分からないが、少なくともレヴィが楽しそうに笑っているのは、ルティウスにとっても喜ばしかった。
「明日こそ⋯一撃入れてやる!」
ベッドへ横になりながら、決意を固める。以前は軽くあしらわれてしまったが、今度こそレヴィを驚かせてやろう。意識が夢の中へ落ちるまでの間、ルティウスは翌日の立ち回りについてイメージを膨らませ続けていた。




