0059
全ての雑事を終え、後は寝るだけとなった深夜の事。
相変わらず傍に居ようとするレヴィは、またもやルティウスの部屋へとやって来る。ノックもせずに扉を開けるのはどうなのかと思うが、人間の常識を神に押し付けようとしても無駄だろう。
ここ数日は用意された別室で過ごしていたようだが、わざわざ寝る直前に訪れた。その理由について思案するも、レヴィは真剣な目をしてルティウスを見ていた。
「どうしたんだよ、そろそろ寝るつもりなんだけど⋯」
「話がある」
既に風呂も済ませ、あとはベッドへ入るだけ。そんなタイミングでの来訪だが、レヴィもまた借りている部屋着に着替えており、就寝するつもりだったのだと分かる。
「⋯なんだよ、話って?」
ベッドの端に座り、レヴィへと視線を向ける。長い話になるのだろう、レヴィもまたルティウスの隣へと腰を下ろした。
「先日の戦いの際⋯⋯お前の存在は、おそらく他の神達に気付かれている」
「⋯駄目なのか?」
「風は良い⋯奴はまだまともだからな。だが炎⋯あいつは⋯⋯」
レヴィが警戒している炎神は、ベラニスでも時折聞いたフラーマという国で祀られている存在。そしてかの国は、民が逃亡を選ぶほどに治安の悪化が著しいとの噂。そうした国勢の変化も神の影響なのだろうか⋯と、ルティウスは皇族ならではの思考を巡らせてしまう。
「何か、違う事を考えているだろう⋯?」
「えっ、あ⋯いや、大丈夫」
どうしたバレた!と思うが、いつもの様に表情に出ていたのだろう。溜め息を吐きながら、けれど真剣な雰囲気を変える事なく話し続ける。
「神は警戒するのだ。人の手に余る力をな」
「⋯水脈や地脈なんかの干渉?」
「そうだ」
いつか話そうと思っていたが、今がその時だと思えた。根源との接続を経ても尚平然としていられるルティウスだからこそ、危険性について正しく認識させておかなければならない。
「かつては、人間も気軽に根源の力を使っていた。けれど『世界そのもの』とも言える力は人を蝕み、多くの命が消えた」
「⋯暴発?」
「それだけではない」
ただ暴発しただけならば、力の使い方を正しく学べばいい。その程度の簡単な話ならどれだけ良かったかと、かつて起こった事件の数々を思い出して表情を顰めた。
「水脈などの根源は『世界そのもの』と言っただろう?」
「⋯うん」
「そして世界とは、生者だけのものでは無い。死者の思念や邪悪な存在もまた『世界』には含まれている⋯」
「⋯⋯あまり干渉しすぎると、そうした存在に⋯逆に干渉されるって事か?」
「その通りだ」
根源に潜む思念はそれこそ千差万別であり、善良なものだけが寄り集まっている訳ではない。ルティウスに目を付けて、その身を滅ぼそうと逆流する可能性もある。だからこそ、あの時レヴィは必死に止めようとした。ルティウスを守る為、邪悪な思念にルティウスの存在を気付かせない為に。
「⋯だというのに、あの時のお前は派手に力を使っていたからな。気付かせない方が難しい」
「なんか⋯⋯ごめん」
警告を促してはいるが、強く非難する事は出来ない。何故ならルティウスを介して、レヴィもまた根源の力を引き出してしまったから。
「起こってしまった事は仕方ないが⋯今後についてだ」
「う、うん!」
言いながら、レヴィは持っていた小さな包みを開け、手のひらに乗せた物をルティウスの前へと差し出した。
そこにあったのは、淡い水色に輝く宝石がぶら下がる小さなピアス。
「えっと⋯⋯これは?」
「我ら竜が、何故根源に干渉しても問題が無いのか⋯その理由はこれだ」
「聖石とは違うのか?」
「全く違うな。聖石は力を通すものだが、これは封石。その名の通り力を封じ、止めるものだ」
「これ、かなり貴重な物なんじゃ⋯?」
「二つあるから問題ない」
以前にも似たようなやり取りをしたが、今回のレヴィの返答は違っていた。貴重である事を否定はせず、創造出来るとも言わなかった。本当に貴重な上に、容易く増やす事も出来ない代物。
「これを身に付けていれば、例え根源と繋がってもお前の力そのものは根へ流れないし、逆干渉についても遮断される」
ルティウスを守る為に差し出された、とても貴重なピアス。レヴィの厚意なのだから受け取りたいが、しかしあまりにも大きな問題が立ち塞がっていた。
「有難いんだけどさ⋯これ、ピアスだろ?」
「そうだ」
「⋯⋯⋯俺、開けてないんだよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
申し訳なさそうに呟かれた、残念な回答。レヴィはその一言を聞いて固まっていた。
「ごめん、ずっと昔、兄様に開けてもらおうとした時も、怖くなっちゃってさ⋯ギリギリで止めて、そのまんま⋯⋯⋯」
この世界において、ピアスというアクセサリーは王侯貴族の間ではそれこそ常識のようなもの。身を守るための魔石を宝石替わりに取り付けている物や、魔法の発動を補う効果を持つ物もある。使用される素材で価値はピンキリだが、単純な物であれ安価に入手が可能で、庶民の間でも広く浸透している。
だからこそ差し出したが、ルティウスはそもそも着ける事が出来なかった。
「⋯ならば私が開けてやろう」




