0057
きっと、レヴィが抱えているものは重い。人生経験も少なく年若い自分にどこまで可能かはわからないが、それでもレヴィだけに抱えさせておくのは駄目だとルティウスは決意する。
「前に言われた事、あんたにそのままそっくり返すよ」
「⋯⋯⋯え?」
唐突な一言に、レヴィは天へ向けていた視線を落とす。隣に座る少年が何を言おうとしているのか、それはレヴィであっても想像がつかない。
「俺なんかじゃ頼りないかもしれないけどさ⋯レヴィも、一人で背負い込み過ぎなんだよ」
抱えているものを、ほんの僅かでも共有してやりたい。神にだって心がある。疲弊を積み重ねれば、神といえども心が壊れてしまうかもしれないのだから。
「ちょっとぐらい、俺にも押し付けていいんだぞ?レヴィが抱えてる辛い気持ちとか、さ」
「⋯⋯⋯ルティ」
しばらく考えるように俯くレヴィは、やがて溜め息を吐き、隣にいる小柄な少年へと身体を寄せ、僅かに凭れ掛かった。
「お前には敵わないな、本当に⋯」
ルティウスを支え守ろうと決めていた。けれど本当に支えられているのは己かもしれない⋯と、レヴィは苦笑を浮かべる。
「⋯そうだ、かつてオストラがこのベラニスを襲おうとした時も、私は躊躇った⋯正気にさえ戻れば、殺す必要は無いはずだと⋯⋯⋯」
「⋯⋯うん」
「奴の瞳は、本来なら私と同じ色⋯⋯だが既に、オストラの瞳は紅く染まっていた。手遅れだと理解して、それでも尚、私は躊躇った⋯」
こんなに喋る奴だったのかと内心で密かに驚くほど、この時のレヴィはよく話してくれた。
「本当は⋯取り戻したかった⋯⋯⋯」
レヴィは、どこまでも優しい竜だ。どんなに敵対していても、容易く命を奪おうとは考えない。あのオストラでさえ、救う手立てが本当に皆無なのかと苦悩したのだろう。
すぐ隣から吐露される感情を自身の内で反芻させながら、しかしルティウスは気付いてしまう。オストラについて考えていると、何故か脳内には母が死ぬ原因となった下の兄の存在が想起される事に。
だが今考える事ではない⋯と軽く頭を振り、思い浮かべた姿を掻き消す。
今のレヴィに伝えるべきは、もっと喜ばしい報告。
彼が救った小さな命は、今も元気に領主邸を訪れているのだという事実。
「なぁ、レヴィ。あの時さ、怪我しただろ?」
「⋯⋯そうだな」
「レヴィが怪我してまで守った子供がさ、無事なんだって」
ほんの僅かな感情の揺らぎを見せる金色の瞳は、すぐにも見慣れた、頼もしい竜神の眼差しへと戻っていた。
「⋯そうか、逃げきれたのだな」
呟かれる一言には、安堵が滲んでいる。助けられて良かった⋯そんなレヴィの気持ちは、魔力に頼らなくても表情でわかる。
「⋯ちゃんと、守れたのだな、私は⋯⋯」
「そうだよ。俺の事も、あの子の事も。レヴィが守ったんだよ」
張り詰めていた雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がする。本人が思っているよりもずっと、レヴィが抱える後悔と苦悩は重かった。自覚させた上で負担を軽減させようと隣に座るルティウスによって、背負っていた想いは少しだけ軽くなる。徐々に、レヴィは笑えるようになっていった。
もう大丈夫⋯ルティウスにそう思わせられる程に。
「とりあえず、屋敷に帰らないか?レヴィが助けたあの子が、来てるんだよ」
自分より大柄なレヴィの腕を掴んで、強く引きその場に立たせる。怪訝な表情を浮かべつつも従うレヴィはそのまま腕を引かれ、歩き出すルティウスの後を着いて行った。
「⋯珍しく積極的じゃないか?」
「もう!だから言い方⋯」
ニナの前でこんな意味深な発言は、彼女の教育にもよろしくない。釘を刺しておきたい気もするが、それよりも早くレヴィをニナと引き合わせたい。被せられたままの大きなローブの中で笑みを浮かべながら、いつも通りの調子を取り戻していく竜神へルティウスも普段通りの反応を返していた。




