0054
「たっだいま~!レヴィの怪我、もうすっかり完治したっぽいよ~?」
「あぁ、おかえりフィデス」
「お帰りなさいませ、フィデスさん」
時折、彼と旧知であるフィデスが様子を見に行っていた。その都度邪険にされながらも、レヴィが負った肩の傷へ治癒魔法を掛けてくれている。戦いの最中にも、戦いが終わってからも、不得手ながらルティウスも何度か試したが、通常の回復魔法で傷を塞ぐ事は出来なかった。再生の力に特化しているというフィデスの治癒魔法だけが、レヴィの傷に効果があった為任せるしかなかったから。
「まったくさ~、強がりもいい加減にしろよって感じだよね~?」
駆け付けた時に見たその姿には、ルティウスも驚愕し声を荒らげてしまった程。白い服を赤く染めるまで流れた、大量の出血を伴う怪我⋯何故あんなにも平然と戦闘を継続出来ていたのかが不思議でならない。あれが人間であれば即死していたかもしれない程の重傷で、フィデスの治癒魔法を以てしても内部組織の完治には数日を要していた。
「街の人から聞きました。レヴィ様の怪我は、逃げ遅れてしまった子供を庇ってのものだったようです」
「⋯レヴィが?」
「めっずらし~」
フィデスが言うのだから、本当に珍しい事なのだろう。だがどこまでも優しいレヴィだからこそ、きっと見殺しには出来なかった。傷を負う事を覚悟の上で、それでも子供の命を守ったレヴィを誇らしく思う。
「その子供は、無事なんだよな?」
「ええ、もちろんです。ちなみに、レヴィ様に救われた子供というのがですね⋯」
「おーっす!領主様ぁ、お届け物ですぜ!」
テラピアの言葉を遮るように、テラスへと響き渡ったどこか聞き覚えのある声。あまり愛想がなく、そうと思えば豪快に笑う、あの宝飾店の主の声のように聞こえる⋯。
そして記憶の中にある声の主は、やがて三人が寛ぐ屋敷のテラスへと姿を現した。
「⋯げっ、あの店の!」
「おーぅ、いつぞやのお嬢ちゃんじゃねーの?」
あの時は女性に扮していたが、今は屋敷の中で普段通りの男の姿だ。しかし首元には、同一人物の証とも言える蒼色の聖石が、付け替えられた希少金属の鎖と共に存在している。誤魔化したくても、それは不可能に思えて焦ってしまう。
どうしよう⋯表情に明らかな動揺を滲ませるルティウスだが、テラピアとフィデスは落ち着き払っている。
「マーカンさん、お待ちしておりました!」
「おっちゃーん!おひさー!」
「おう!領主様にフィデスちゃん、元気だったかぁ?」
「⋯⋯⋯え?」
テラピアはともかく、何故フィデスまでもが親しげに挨拶を交わしているのだろう。頭の中に浮かぶ疑問符は消える事がない。首を傾げるルティウスに気付いたテラピアが、改めて店主の紹介と経緯の説明をしてくれた。
「お伝えしてませんでしたね。彼はマーカンさん、当家とは先代の頃からお付き合いのある宝飾品職人の方です。ルティウス殿下の事は⋯ふふっ、彼はご存知ですよ?」
「⋯⋯えぇえ?」
焦ってしまったのが馬鹿らしくなる彼女の説明に、思わず椅子に座ったまま脱力してしまう。
「⋯先に言っておいて欲しかったなぁ」
拗ねたように言ってみても、テラピアは微笑むばかり。
「領主様⋯あぁまだ慣れねぇな⋯⋯テラピアちゃんから聞かされてはいたんだけどよ?店でお嬢ちゃん⋯いや、坊ちゃんか?あんたの顔を見て、本当にどっちか判らなかったもんだぜ」
店でのやり取りを思い返すが、確かにあの時は貴族令嬢に成り切ろうと奮闘していた。レヴィの協力もあり声を出す事態は避けられた為、決してバレてはいないと思っていた。だがあの時、レヴィは言っていた。
ルティウスが男だと気付かれている、と。
気付くも何も、最初から素性を知っていた可能性の方が高い。確かめるようにテラピアへ視線を向ければ、それが答えとばかりに爽やかな笑顔を浮かべていた。
ルティウスが身元を隠したい皇子である事は事前に聞かされており、彼を示す証として胸元にブローチを着けさせたのだと語る。べラニウス家の客人である証だと教えられたそのブローチこそ、マーカンが手掛けた品の一つでもあるのだとマーカン本人より説明された。
「ま、俺が作ったモンだからな。見りゃすぐわかるさ。あの時店に来たお嬢ちゃんが、件の皇子様だってな」
そしてフィデスもまたマーカンと親しげである。何故なのかと考えた時、自身の左手首に嵌めている腕輪の存在が視界に入った。まるで押し付けられるように渡された聖石の腕輪も、マーカンが絡んでいる物だとすれば⋯。
「なぁフィデス⋯これももしかして、彼と結託して⋯?」
袖の隙間からきらりと輝く腕輪をチラつかせながら問えば、彼女もまた笑顔で頷き肯定する。
「そだよ~!おっちゃんに素材を見繕ってもらって、ボクが作り上げた腕輪さ!」
この屋敷に滞在し始めて間もなく、フィデスは確かにずっと何かの作業をしていた。完成したら見せるような事を言って何をしているのかを教えてはくれなかったが、それがこの腕輪なのだとしたら合点がいく。
「改めて訊くけど、これも聖石なんだよな?」
「そうだよ!おっちゃんに頼んで押し付けてもらったんだけど、正解だったね。普通に渡そうとしたんじゃ、きっとレヴィに睨まれてたもん」
「⋯⋯確かに」
実際に、腕輪の正体に気付いていただろうレヴィは、嵌め込まれている石を見て表情を顰めていた。
「それにね、ルティ君ならきっと、すぐに着けてくれるって思ったんだ~。そのおかげで、大事な時にボクもキミ達の援護ができたワケだし~」
土の竜神であるフィデスの合流によって、間一髪防げた攻撃もあった。飛行の出来ないルティウスのために道や足場を創り出してもくれた。それらの力も聖石を通じた魔力供給があれば自在なのだとすれば、有用である事は間違いない。
「フィデス、これからも頼りにして良いんだよな?」
「もっちろん!」
明るい笑顔と声で答えるフィデスだが、彼女は何かに気付いたように目を丸くしている。視線の先を追うと、マーカンの背後からそっと顔を覗かせる小さな女の子の姿があった。
「ねー、白いおじさん、ここにいないのー?」
「⋯⋯⋯⋯ん?」
まだ四歳か五歳か、その辺りの年頃に見える少女は確かに言った。白い『おじさん』と⋯。




