0047
店を出て通りをゆっくり歩きながら、気付けば大河沿いの遊歩道に辿り着く。色とりどりの花々で飾られた植え込みが導く先は渡し船の港。運航を止め停泊し続けている船を視界に収めながら、ルティウスは店主から手渡された包みを確認する。隣を歩くレヴィも、何を渡されたのか気になるようで至近距離から覗き込んでいた。
「何だそれは?」
「さあ?なんか、急に押し付けられたんだけど…」
テラピアの手が回された店であれば、危ない物を渡されるとは思わない。慎重に包みを開けて中身を手に取ると、それは細い腕輪の形をしていた。
「綺麗だな、これ…」
「…………」
小ぶりだが綺麗な細工が施された、黄金色の腕輪。試しに左の手首へ通してみると、あまりにもぴったりで首を傾げる。そして腕輪を見るレヴィの視線は、何故か鋭くなっていた。
「レヴィ、どうしたんだ?」
「………あいつ…」
ルティウスが身に着けた腕輪を睨み付けるレヴィの目は、フィデスと相対している時のそれと似ていた。改めて腕輪へ視線を戻すと、色は違うが見慣れた輝きを放つ石が嵌め込まれている事に気付く。
まさか?と思い、腕輪へと意識を向け魔力を込めてみる。控えめに存在する石が淡く光を帯び始め、それが首元に存在するレヴィの聖石と同質の物であると察した。
「…これ、もしかしてフィデスの?」
「だろうな。何を作っているのかと思ったが…やはり聖石だったか」
つまりこれを身に着けていれば、フィデスもまたルティウスの魔力を借りて魔法を使えるようになるという事。迫る海竜との闘いで戦力になる事を期待していいのか?と考え、確かめるようにレヴィを見上げる。
「あれの力は、攻撃よりも防衛…そして回復に向いている。バランスは良いのだろうな」
いつものように頭を撫でながら語るレヴィは、見慣れた穏やかな笑みを浮かべている。ルティウスが望むならそれでいいと言わんばかりに手を伸ばすも、普段とは違う結われた髪型をしているせいか、手先の動きが少しだけ戸惑っていた。
「もしかして、撫でにくい?」
「そうだな…今の姿も可愛らしいが、普段のままのルティの方がいい」
子供のように頭を撫でられる事へあれほど抵抗を感じていたが、いつの間にか嫌ではなくなっていた。気恥ずかしさは残っているものの、心が落ち着くようになっている自分がいる事にルティウス自身も気付いていた。
そんな穏やかな街中での時間は、そう長くは続かない。
唐突にルティウスを抱き寄せたレヴィが視線を遠くへ向け、表情を凍り付かせている。急な雰囲気の変化は、ルティウスにそれを悟らせた。何かが…いや、海竜がベラニスへ迫りつつあるのだと。
「レヴィ…」
「急速に奴が近付いている……」
抱き寄せる腕に力が込められているのを感じて見上げると、あのレヴィが珍しく険しい表情を浮かべていた。今のルティウスは女性に扮した姿のままで、当然ながら剣も屋敷に置いてきている。魔法での援護は出来たとしても、満足に戦える状態とは言えない。このままではレヴィの足手まといになるのは確実だった。
ルティウスと街を守りながらの戦いになる…その懸念が、レヴィから余裕を失わせているのだと。
「俺、一度屋敷に戻るよ!着替えてくる…!」
「いや、もう間に合わない…」
二人がいるのは、大河の渡し船が停泊する港から程近い位置。海から河を上ってくる海竜オストラと接敵するのは時間の問題だった。
ルティウスの首元で聖石が光り輝き、同時にレヴィの手には槍が出現する。穏やかなはずの河面が揺れ、異様な光景に周囲を歩いていた人々もざわめき始めている。そしてルティウスは気付く。このまま戦闘になれば、無関係な人々が巻き込まれてしまう…と。
「やっぱり駄目だ!街の人を避難させないと…!」
「待て!奴の狙いは、私の傍にいるお前だ」
駆け出してしまいそうなルティウスの身体を引き留めて呟かれたその一言の直後、辺りの地面に振動が走る。街を行く民衆も異常を察知し、河から離れようと逃げ惑う。平穏が崩れ去ったベラニスの街は騒然となり、古き歴史を知る民は察する。かつてベラニスの街を脅かそうとした竜が再び襲来しようとしているのだと。
「レヴィ、ルティウス!ここにいたか!」
遠くから聞こえた叫び声に振り返ると、数名の部下を引き連れたリーベルが駆け寄ってきていた。二人の姿を視認した直後、傍らにいる男達へ目配せし予め決まっていた緊急時の指示を送る。頷く事で応えた彼らは、即座に住民を避難させるべく散開していった。
「…叔父様!」
「わかってる。住民の事は心配するな…奴が来るんだろ?」
「ああ…」
リーベルの存在に、レヴィはどこか安堵したような息を吐いた。抱き寄せていた腕の力が緩められ、直後ルティウスの身体はリーベルの元へと突き出される。
「…え、レヴィ?」
ふらつく足元のままリーベルに受け止められたルティウスは、初めて突き放してきたレヴィへ視線を向ける。彼を守るのは自分の役目…そう思っていたが、レヴィは振り返る事なく河の方へと向き直り、槍を地面に立てて迎え撃つ構えを取っていた。
「ルティを連れていけ」
初めて聞いた言葉に、ルティウスとリーベルは揃って驚愕した。あんなにも過保護で、片時も手元から離そうとしない竜神がルティウスを遠ざけるなど考えにくい。だが意図に気付いたリーベルは、ルティウスを無理矢理肩に担ぎ上げて走り出してしまう。
「ちょっ、叔父様?」
「レヴィ、すぐ戻るから持ち堪えろよ?」
「…誰に言っている」
走り去るリーベルに抱えられたまま、遠ざかっていくレヴィの後ろ姿をじっと見つめる。どうしてレヴィ一人だけを残さなければならないのか、ルティウスは降ろせと暴れながらも、悔し気に唇を嚙んでいた。




