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竜と神のヴェスティギア【過去編同時連載中】  作者: 絢乃
第五話

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0046

 それほど経たずに紹介された宝飾店の看板を見つけ、二人は揃って店の中へと入っていく。少しだけ気難しそうな店主と思しき男が、店の奥で椅子に座っているのを見かけて、ルティウスはレヴィを伴って近付いた。探し物について伝えようとしたが、声を発する直前にルティウスの前へと身を滑らせたレヴィが、代わりに要件を伝えてしまった。

「探し物がある」

「いらっしゃい……何をお探しで?」

 レヴィが視線をルティウスへと向ける。意図に気付き慌てて取り出した、ちぎれた紐がそのままの聖石と呼ばれる石。手の中から攫っていったそれを店主へ見せながら、目的の物についてもレヴィが回答していた。

「この紐を付け替えたい」

 愛想など微塵も無い、本当に用件しか言わないレヴィの冷たい声に、ルティウスは呆れてしまう。もう少しくらい人当たりを良くしてもいいのでは?と思うが、自分以外の者には大体こんな態度だったなと思い出してしまった。 

「……珍しい魔石だな?」

 店主はどこか怪訝な表情を浮かべて、聖石を凝視している。皇族であるルティウスですら初めて見た物なのだ、市井の店主程度では知らないのも当然だ。

「石の事はいい。これに代わる紐か何かを探している」

 暗に詮索するなと言いたげなレヴィの態度に、店主は眉を顰めた。けれどその視線は、ルティウスの胸元へと向けられている。テラピアに付けられたブローチを見ているのがわかり、ルティウスも店主の反応を窺う。やがて溜め息を吐いた店主は、何かを悟ったように頷き店の奥へと消えていった。

「ちょっと待ってな」

 一言だけ残して店主は姿を消し、その隙にとルティウスはレヴィの腕を掴んで屈ませ、そっと耳打ちする。

「何でレヴィが?」

「喋れば声で男とバレるだろう」

「あ……そっか」

 自分が女性に扮している事を失念しかけていたルティウスは渋々納得し、この場はレヴィに任せようと決めた。

 何かを探しに消えただろう店主が戻ってきたのは、その直後の事。慌ててレヴィの腕を離し、記憶の中のテラピアや、かつて城で接していた貴族令嬢の仕草を真似るように立つ。淑やかな令嬢に成り切ろうと奮闘はしてみるが、いつボロが出るかわからず表情は硬くなっていた。

「このアクセサリー用の鎖なら、そいつにちょうどいいんじゃないかね?」

 ルティウスの努力になど気付かない店主は、変わらぬ無愛想のままカウンターの上にそれを置いた。艶のある銀色の細い鎖は、確かに蒼色の聖石と合いそうだ。

 しかしルティウスには懸念がある。それは耐久性の問題。自らの手で一度引きちぎってしまったために、自分の力では壊せない物が希望だった。

 これでいいのかと確かめるため、レヴィは隣に立つルティウスへと視線を向ける。その表情が僅かに曇っていたため、意図を汲んだレヴィは店主へと尋ねる。

「この鎖の耐久性は?」

 不躾に問うレヴィをじろりと睨む店主に、ルティウスは少しだけ怯んでいた。一般人なのに何故これほどの眼力があるのか訊いてみたくなるが、声を出せないため言葉を飲み込んで黙るしかない。

「……こいつはただの銀素材じゃねえ。魔力でも流せば永久不変と言われてる希少素材製だよ」

 その素材については覚えがある。長兄サルースから贈られた剣の装飾も同じ金属を使用した物で、魔力の伝播に強く耐久性に優れた素材。産出量もそれほど多くはなく、精錬にも手間暇が掛かるのだと本で読んだ事がある。それほどの希少な金属で作られた鎖がどうしてこんなにも簡単に出されるのか疑問だが、ルティウスとしては試したい気持ちが強かった。

「店主、試してもいいか?」

「……ま、べラニウス家の客に駄目とは言えねぇよ」

 ぼやきながらルティウスの前へと押し出された鎖。そっと手に取り、微量の魔力を込めていく。淡い光を放つが、持っているだけでは強度はわからない。両手で端を持ち恐る恐る引っ張ってみるが、あまり力を込められずにいた。まだ購入してもいない商品を壊してはいけないという抵抗感が、ルティウスを躊躇わせてしまう。

「あぁ、そんなんじゃ耐久性なんてわからんだろ。ほれ!」

 弛ませていた部分の鎖を掴み、手前へと勢いよく引く店主。唐突に加えられた強い力に引かれて前のめりになるが、瞬時にレヴィの腕が伸ばされ事なきを得る。

「……おい」

 底冷えするような低い声が発せられて、ルティウスが僅かに身体を跳ねさせる。しかし店主は気にした様子もなく、掴んでいた手を話すと二人に向けてにやりと笑った。

「ほらな?あれだけの力が加わっても、亀裂一つ入ってねえだろ?」

 その言葉通り、確かに鎖には切れてしまう気配すらない。これだけ細いのに、見た目ではわからない強度が備わっている事は明らかだった。

 それに、魔力を込めた後の輝きも透き通った蒼色で、聖石との相性も良い。

 これが欲しい…その思いから鎖を凝視するルティウスを見た店主は、それまでの気難しさなど吹き飛ばすように豪快な笑い声を上げた。

「いやぁ、領主様から『客を送る』とは言われてたんだがな?本当にあんたらなのか分かんなくてよ?すまんな、試すような事しちまってよ」

「……テラピアの差し金か」

 何かを察した様子のレヴィが、溜め息を吐きながら確信を持って口にした一言。店主は頷き、そして手を差し出してきた。

「さっきの魔石、貸してみな。台座は無事みたいだからな、すぐ付け替えてやるよ」

 急な雰囲気の変貌に視線を彷徨わせるルティウスだが、レヴィが微かに頷いてくれた。これは『渡しても大丈夫』の意味と捉え、そっと店主の手の上へ聖石と、購入を決めた銀色の鎖を乗せる。

「少しだけ待ってな……あぁ、その辺の椅子にでも座っててくれ」

 言われて店内を見回すと、端に置かれている椅子を見つけルティウスはそこへ向かう。多少は慣れてきたがやはり歩きにくい足元に細心の注意を払いながら移動するが、傍らにはルティウスを支えるべくレヴィがぴたりと寄り添ってくれていた。

「疲れてはいないか?」

 椅子に腰を下ろすルティウスを気遣う一言とともに視線が向けられ、大丈夫と伝えるように頷き返す。おそらくは、未だに慣れていない格好に対して言われているのだろう。世の女性は皆こんな思いをしているのかと実感する気持ちになるが、声を出せないため視線でそれを伝えようとする。

 きっとあの聖石を身に着けていれば、思うだけで意思は伝わったかもしれない。しかし今、石は店主の元にある。だけどレヴィは全てを理解しているかのように優しく微笑み、座るルティウスの肩へと手を置いた。


『あの店主、おそらくルティが男だと気付いている』


 触れた手から魔力が伝わる感覚と共に、脳内へと届けられた声。死霊王との闘いの際は聖石を通じて伝わっただろうそれは、直接触れる事でも声を必要としない会話を可能とした。


『でも、そんな素振りは全く…』

『テラピアから何かしら情報が与えられているのだろう』

『彼女には、何だか世話になりっぱなしだな』

『気にする事はない。あれは好きでやっている』

『へぇ...レヴィにはわかるんだ?』

『なんだ、嫉妬でもしたか?』

『何でだよ!あぁもう、レヴィはどうしていつもそんな事ばっかり…』

『…どうやら、間もなく作業が終わるようだ』


 そうして途切れた声無き会話の後、レヴィの言葉通り店主は待ち続ける二人へと振り返る。

「待たせたな。ほら、これでどうだ?」

 その手には、銀色の鎖からぶら下がる見慣れた蒼色の石。椅子から立ち上がり、受け取るためにカウンターへと近付く。だがそれよりも早く動いていたレヴィが店主から聖石を受け取り、歩き出そうとしていたルティウスの背後へと回った。

「じっとしていろ」

 一言だけ告げてから、真新しい銀色の鎖を両手に持ち、宝飾品のような見た目に生まれ変わった聖石をルティウスへと着けていく。首元で輝く石を指先でなぞるだけで、言い知れぬ安心感がルティウスの心を満たしていく。

「やっぱりな、その魔石はあんたが身に着ける事で、輝きを増した……あんたのために在るような物なんだなぁ?」

 しみじみと店主が言う。自分のために在ると言われても、ルティウスにはピンと来ない。元々はレヴィが持っていた物で、ただ贈られただけだと思っていた。真意を問うようにレヴィを見上げてみても、彼は案の定微笑んでいるだけ。仕上がりと、再びルティウスの元へ戻った事に満足している様子だった。

「店主、代金は?」

 この聖石を身に着けたからだろうか、ルティウスの思考はレヴィへと筒抜けのようで、思い浮かべた事をそのままレヴィが代弁してくれている。やはり便利だなと思う反面、隠し事は全て暴かれてしまうな…と再認識する事になった。

「いや、代金は要らねえよ。どうしても払いたいって事なら、ベラニウス家に払ってやんな」

 値段を確かめてもいないが、あの鎖は元の素材を考えてもかなりの高値なのは最初からわかっている。金が無い訳でもないのに、その支払いまでテラピアに任せてしまうのは、ルティウスとしては許容しきれない。店主の言う通り、帰還したらテラピアに払おうと密かに決意していた。

 これでこの店での用事は済んだ。見様見真似のカテーシーの後に外へ出たところで、ルティウスは店主から呼び止められる。

「ぼっ……お嬢ちゃん、ちょっと待っとくれ」

 呼ばれて振り返ると、店主は小さな包みを持ち小走りで店の中から出てきた。それをルティウスへと手渡し、ぼそりと小さな声で呟いた。

「…確かに渡したからな?」

「……え?」

 思わず声を出してしまったが、店主は気にした素振りも無くニカッと笑い、そそくさと店の中へ戻っていった。

「……ていうか今……ぼっちゃんて言おうとしてたよな……?」

「……ふっ……そうだな」

 何故か、レヴィは笑いを堪えていた。

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