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竜と神のヴェスティギア【過去編同時連載中】  作者: 絢乃
第五話

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 その姿は誰がどう見ても『皇子』ではなく、どこかの貴族令嬢でしかない。歩き慣れない靴のせいで足元が覚束無いルティウスの手を取り、エスコートするレヴィはまるで令嬢の伴侶の様。揃って広間へ戻った二人を出迎えたフィデスとテラピアも、完璧な仕上がりに満面の笑みを浮かべている。

「素晴らしいです。これならばルティウス殿下だとバレる事はありませんね」

「レヴィはどうしよっか?そのまま、ルティ嬢の婚約者みたいな設定にしとくかい?」

「良いかもしれません。べラニウス家が招いた他国の御令嬢とその婚約者様……完璧ですね!」

 本人達の承諾もなく決められていく設定に、二人は口を挟めない。女性とは斯くも恐ろしいものだ…と、ルティウスは胸に刻んだ。

「あともう一つ、ルティウス殿下にはこちらを…」

 言いながら手に何かを持っているテラピアが、ルティウスの胸元にそれを取り付けていく。見事な細工が施されたブローチのようで、リボンの結び目へ重ねるようにピンを刺していった。

「これは?」

「はい、これは当家の客人である証になります。これを身に付けていれば、ベラニスの民なら一目で『領主のお客様』と認識してくれます」

 ブローチを付け終えたテラピアが、これで本当に完成とばかりに頷き、続いて何かの紙をルティウスへと手渡した。

「それと、これはそのブローチを製作した宝飾店への道順になります。このお店でしたら当家と馴染みもありますし、殿下がお探しの物もきっと見つかると思います」

 身元の保証に店の紹介、それらを一気に賄えるブローチの存在に、ルティウスは感嘆の息を吐く。しかし同時に、二人は残るのかと疑問を抱いた。

 視線を向けると意図を察したテラピアが、謝罪と共に告げる。

「申し訳ございません。ご一緒したかったのですが、私は別件の用事がございまして……」

「そっか……」

 少しだけ残念だが仕方ない…と気持ちを切り替え、続いてフィデスへ視線を向ける。彼女は現在、テラピアと共に行動する事が多い。それ故に、テラピアに別件があるならフィデスは一緒には来ないのだろうと予想はできていた。

「ボクはテラピアちゃんと一緒だよ」

 想像通りの回答に、ルティウスも頷く。レヴィは問わずとも同行してくるのは間違いない、つまり買い物はレヴィと二人で行く事になる。

「レヴィ、ちゃーんとルティ君を守ってあげなよ?」

「言われるまでもない」

 婚約者役という設定にされているが、まるで護衛かのような会話のやり取りに苦笑してしまう。けれど慣れない格好のせいで普段通りには動けないため、万が一の時は頼るしかない。今だけは彼の優しさに甘んじようと、腹を括った。

「じゃ、行こうか、レヴィ」

「お供しよう」

「……?」

 既に設定を受け入れてなり切っているのか、本当にエスコートでもするかのように手を差し出してくる。この手を取らなければ機嫌を損ねるのだろうなと諦めて、ルティウスは素直に従う事にした。


 屋敷を出ると、門の前にはやはりあの番兵が立っている。軽い会釈をして通り過ぎるが、彼らは大変に驚いた顔をしていた。つい数日前に会っただろう?と首を傾げるルティウスへ、レヴィがそっと耳打ちする。

「今のお前が、あの夜に出会った小僧だと気付いていないのだろう」

 言われて思い出す己の姿。レヴィはそのままだが、こんな令嬢をいつ通しただろうかと困惑している気配がある。テラピアプロデュースの変装は恐ろしいほどに成功していた。それを彼らの様子から知ると共に、自身の素性が大っぴらに露見されない事への安堵も生まれていた。

 渡された道順のメモを頼りに、二人はベラニスの街をゆっくりと歩く。それなりに人通りの多い街の中は、ただ通り過ぎるだけでもルティウスの心を沸き立たせた。本当ならあちこちを見て回りたいが、今は我慢するしかない。

「ね、レヴィ」

「どうした?」

「色んな事が全部落ち着いたらさ、ベラニスもゆっくり観光したいよな」

「…そうだな」

 ルティウスの言葉に微笑むレヴィも、周囲に視線を巡らせている。その眼差しは優しく、人々の平和な営みを慈しむ神の如く穏やかだった。

 時折、通りを駆ける人や子供に衝突しそうになるが、都度レヴィによって回避された。きっと街を見回るついでに近辺の警戒もしているのだろう。そんなに気を張っていて疲れないのかと考えたけれど、レヴィの気遣いによって助けられているルティウスは特に言及せず、彼のエスコートという守護に身を任せていた。

 そして周りから聞こえてくる話し声にも耳を傾ける。どれもが他愛のない会話でしかなかったが、時折不穏な内容も含まれている。

『あのグラディオス帝国がなぁ……』

『俺もあの国からは店を引き揚げたよ……』

『フラーマよりも危ねぇって話だろ?』

『第一皇子さえいりゃあなぁ……』

『どっかで生きてるらしい第三皇子と結託してるって話じゃ……?』

 商人と思しき風貌の男達が、顔を突合せて情報交換を行っている場に遭遇していたようだ。出処はどこなのかと問い詰めたい話も聞こえたが、指摘する事はできない。けれど感じられたのは、少なくとも第三皇子に対して僅かながらにも期待が寄せられてるという事実。

 噂話の通り、早く第一皇子サルースと結託して国を取り戻したい...彼らの横を通り過ぎながら静かに、心の中で誓いを立てる瞬間だった。

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