0042
「…お買い物に行きたい……ですか?」
朝食の席で唐突に発せられたルティウスの一言は、その場に集った全員を困惑させた。仮にも皇子であるルティウスが気軽に街を歩けるはずもない。まして今は帝国から手配が掛けられている身。ルティウスに甘いレヴィですら表情を歪ませるほど、皆が難色を示していた。
「お前は自分の状況を理解しているのか」
「ベラニスには帝国から流れてくる人間も多いんだぞ?」
「捕まえてくださいぁいって言ってるようなモノだよね?」
「流石に今のベラニスを出歩くのはちょっと……」
「何だよ!みんな揃って!」
ある程度の予想をしていなかった訳では無いが、まさか全会一致で反対されるとは思っていなかった。そんな世間知らず具合もまた皇子であるが故かと、ルティウスを除く四人は盛大に溜め息を吐いた。
しかしルティウスには目的がある。どうしても街へ行かなければならない理由、それはレヴィに関する事。どれだけ反対されても、譲れないものがルティウスにはあった。
「ね、レヴィ…」
「…なんだ」
「……だめ?」
「駄目だ」
「………………」
最後の切り札として、一番甘いレヴィへ『お願い』し口説き落とそうと画策するも、ルティウスの身の安全に関わるため二つ返事で却下された。ならばとテラピアやフィデスへ視線を向けてみるが、二人は揃って目を逸らしている。僅かに怯えている気配を感じるが、その理由も既に明らかだ。ルティウスの隣で、尋常ではない殺気が溢れていたから。
「レヴィの許可が無くちゃね?連れ出せないよね?」
「ええ。レヴィ様がお許しにならないのなら、私からも賛成は出来ません」
ルティウスの保護者として、知らぬ間に認知されてしまっているレヴィ。彼の許し無く勝手な事をすれば、本当に消されかねない…レヴィの暴走を知るフィデスも、ベラニスに伝わる古のレヴィを知るテラピアも、逆鱗に触れてはいけない…と、断腸の思いでルティウスの頼みを棄却する。
リーベルは声を掛けるまでもなく、反対される事がわかっているので見向きもされない。それはそれで叔父として悲しい気持ちになるが、全てはルティウスのため。
「…ちなみにですが、何を買いに行きたいのですか?」
連れ出せないならせめて代行しようと考えるテラピアが声を掛けるも、ルティウスは俯いている。その視線は、テーブルの下にある自身の手元へと向いていた。
「……ペンダントの、紐…………」
「紐?んなもん、テラピアちゃんに頼んでおけよ」
「自分で選びたいんだよ!」
軽い気持ちで返したリーベルの言葉に、ルティウスは反発し珍しく声を荒げた。
手の中にあるのは、自分の意思で引きちぎってしまったレヴィとの繋がり。今も持たされてはいるが、手の中に握っていては戦いの時に剣を持てなくなる。一刻も早く直したいと考える中で、今度は容易にちぎれない丈夫な素材を選びたいと思うようになっていた。
もう二度と、レヴィとの繋がりを絶てないように。
「……リーベルさん」
「なんだ、テラピアちゃん」
「……帝国から来た人にも、ルティウス殿下だと気付かれさえしなければ、問題無いですよね?」
「そりゃまあそうだが…ルティウスは皇子だぞ?顔を知らない奴なんて、そうはいないと思うけどな?」
もしも第二皇子が放った刺客が紛れてでもいれば、確実に命を狙われ危険な目に遭う。ベラニスで皇子暗殺事件など起こす訳にはいかない。街に混乱を呼び込む可能性もあるため、自警団としてはルティウスに我慢を強いるしかないと考えている。しかしテラピアには、何か策があるようだった。
ルティウスの身の安全を確保した上で、第三皇子がベラニスにいる事を周囲へ知られないまま街へ出かける方法…テラピアの思い付いた作戦の内容にいち早く気付いたのは、いつの間にか仲良くなっているフィデスだった。
「ボクわかっちゃった!うん、それならイケるかも!ルティ君だし!」
「ですよね?きっと『皇子』がこの街にいる事はバレないと思うんです!」
「……え?」
何も気付いていない当の本人は、落ち込み気味の沈んだ声を発しながら二人を見る。何故か、テラピアとフィデスは楽しそうに笑っていた。
「どう足掻いてもバレるだろう?こんな可愛らしい顔した男が他にいるものか」
「…か、かわっ……!」
あまりにもズレた意見で反対するレヴィに、うんうんと頷いて賛同してしまうリーベル。たった一日で本当に仲良くなったのか気が合っただけなのか、一致する見解に二人はちらりと視線を交わらせて頷き合っていた。そんな二人を放って、ルティウス本人は落ち込み小さくなっている。
けれどテラピアはどこか不敵に笑う。レヴィの一言は、ある意味で的を射ていたから。
「そう、そこなんです。ルティウス殿下……帝国の『第三皇子』様は、とても可愛らしいお顔をされているのです」
「…………女の子から…また、可愛いって言われた」
男としての自覚と自信を粉々に叩き壊されていく気分のルティウスは、さらに落ち込み椅子の上で両足を抱え縮こまっていく。
「ですので、女の子に変装してしまえば、誰もルティウス殿下だとは気付かないと思うんです」
「「「……は?」」」
この場にいる男性陣が口を揃えて、声を重ねる瞬間だった。
いかにも最良案と言わんばかりに満面の笑みを浮かべるテラピアの隣では、何度も深く頷くフィデスがいる。
「ボクもそう思うんだよね。ルティ君なら、綺麗に着飾っちゃえばその辺の女の子より可愛くなれるよ?」
「……別に可愛くなりたいわけじゃ無いんだけど………………」
あまりにも想定外の提案過ぎて、素直に首肯出来るはずもなく項垂れていくルティウスをよそに、リーベルは脳内で想像を膨らませていた。若い頃の姉に似た、可愛らしい姿のルティウスを。
「……悪くないかもなぁ」
「叔父様、止めてください……」
救いを求めるようにレヴィへ視線を向ければ、彼もまた神妙な面持ちで何かを考え込んでいる。あ、この反応は駄目だ…と、諦めの境地へと陥ってしまった。
「ルティウス殿下、街へ行きたいのでしょう?」
落ち込み蹲るルティウスへ、テラピアが確かめるように問う。誰もが反対する中、それでも本気で街へ買い物に出たいと望むのかを。
「でしたら見た目を偽るくらい、どうって事ありませんよね?」
「……う…………」
たかが女装。それを飲むだけで外出の許可が降りるのならば確かに安い話だ。出来る事ならば一刻も早く聖石の紐を取り替えておきたい気持ちと、己だけが受ける羞恥とを天秤に掛け…前者へとそれは確実に傾いていた。
「わかったよ!それで街へ行けるのなら、女装でも何でもしてやるよ!」
そして決定されたルティウスの変装計画。本人の承諾を得たテラピアは喜び勇んで部屋を出ていき、早速準備に取り掛かる。フィデスも同行し、二人がかりでルティウスのための衣装選びが行われる事となった。
広間で待つルティウスの表情は、まるで断罪の時を待つ囚人が如く、謎の悲愴に満ち溢れている。
「…リーベルが言う通り、使いを頼めばいい話ではなかったのか?」
隣で一緒に待つレヴィが尋ねてくるも、それに頷く事は出来なかった。
「目的は買い物なんだけどさ……それ以上に、俺が直接見聞きして確かめたいんだよ」
「何をだ」
「街の様子と、俺の状況…」
ただ外出したいと言っただけでここまで反対されるほど、この街での自分の立場が危険だという事実。本当なのかと疑いたい気持ちが心の中にあり、どうにかしてその実態を確かめたかった。
手配が回されているという話が真実なら、確かにそのまま外出するのは危うい。強引に皇位を得ただろう第二皇子が、どこまで自分を狙っているのかは掴めていない。わざわざ中立を謳うベラニスにまで手を回すとは思いにくいが、今のあの兄ならやりかねないとも考えられてしまう。
「ま、とりあえず今は、テラピアちゃん達に任せてみようぜ?あの子ら、めちゃくちゃ気合い入ってたしな」
気合いの入れ所を間違えている…内心でそう思うが、口には出さずにおいた。
やがてフィデスがルティウスを迎えにやって来た。レヴィも同行しようと立ち上がりかけるが、フィデスによって制止される。
「完成までお楽しみに~♪」
ほんの一瞬だけ殺気を放つレヴィを置いて、ルティウスはフィデスに連れられて別室へと移動していった。




