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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第一話

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「アミクス、貴方にこの魔法を託したいの」


 それは今から九年も前の事。父親に連れられて、皇都の一角にある大きな屋敷を訪れたアミクスは、そこで彼女と出会った。

 グラディオス帝国、第二皇妃サリア。

 彼女は皇妃として嫁ぐ前から多くの二つ名を得ており、水神の力を借りて行使する秘術に長けた、優秀な魔道士の一人なのだと聞かされている。同じく魔道士を目指すアミクスにとっては、まさに憧れの人でもあった。

 そんな彼女は出会って間もなく、アミクスへ手渡した物がある。

「これは…?」

 受け取ったのは、二つの魔法陣が描かれた一枚の紙。魔法の発動方法や効果について詳しく書かれているもので、幼いアミクスでもすぐに内容が理解できるほど、丁寧に詳細が記載されていた。

 きっとすごい魔法なのだろう、当時の少年はその程度にしか考えていなかったけれど。

「いつか、貴方にとって本当に大切なお友達ができたら、その子のためにこの魔法を使ってほしいの」

「僕の、友達?」


 それからアミクスは、屋敷を訪れる度にサリアとの会話を積み重ねた。

 彼女には自分と同じ年頃の子供がいる事。皇子として生まれたその子供には、過酷な運命が待ち受けている事。彼の窮地には助けになってあげてほしいという願いと、アミクス自身が彼を助ける運命にあるという未来の話。そしていつか役に立つ魔法の知識など。

 水神から神託を受ける事ができるサリアは、少年が知らない多くの事を伝え聞かせた。そしていつしか、アミクスにとってサリアは、皇妃である以上に憧憬と尊敬の対象になっていた。

 そうした楽しい日々が一年を過ぎた頃。

 あの日、サリアはあまりにも突然この世を去った。

 父親からは、彼女の子である第三皇子を庇って殺されたのだと聞かされた。

 少年の気持ちは複雑だった。憧れのサリア崩御の原因になった存在、第三皇子と友達になってほしいと願われていたから。

 まだ直接話した事はおろか、出会った事もない皇子。サリアとはあの屋敷で会えていたが、そこに皇子が訪れる事は一度もなかった。どんな人物かも分からないのに、どうやって友達になればいいのだろう…。

 そうして悩みながら街を歩いていた時、偶然にも少年は彼と出会った。

「……ねえ、どうしたの?」

 人々が祈りを捧げに訪れる、街外れの泉。その畔に座り込んで、独り泣いている身なりの良い幼子がいた。

 きっと本能だったのだろう。何故か放っておけないと思い声を掛けた。すぐに反応は無かったが少しの間を置いて、涙を拭いながらこちらを向いた。恐る恐る見上げてくる彼の顔を見て、アミクスはすぐに気付いてしまう。

 この子が、あの第三皇子だと。

 海のように深い蒼色の瞳と、彼女を思わせる濃い緋色の髪。そしてサリアにとてもよく似た、綺麗な顔立ちをしていたから。

「お母さんが…死んじゃったんだ…」

 声を掛けたからなのか、それまで泣きじゃくっていたはずの少年は立ち上がり、一度背を向ける。しばらくしてアミクスへ向き直った頃にはもう、泣き顔はそこに無かった。

「みっともない姿を見せて申し訳ない」

 彼はすぐに泣き止んでしまった。目元は真っ赤だが、指摘してしてしまうのは無粋だろうと子供ながらにも察する。

 だが、どうしてそんなにも気丈に振る舞えるのか、アミクスには理解ができなかった。もしも自分が同じ状況だったら、そんな風に涙を止められただろうか?

 第二皇妃の葬儀が今日だという事は知っている。彼がここにいるという事は、それも既に終わっているのだろう。

「君は…だれ?」

 気丈に、けれどどこか弱々しい声で問われ、アミクスはすぐさま返事をした。

「アミクス…僕はアミクスだよ、よろしくね」

 サリアを奪った本人というわけではない。彼に非が無い事はもちろんわかっている。むしろ彼もまた、奪われた側なのだ。その事実を理解しているからこそ、彼と話す事ができたのかもしれない。それに…余りにもサリアと瓜二つな顔をした彼が悲しんでいる姿は、見るに堪えないから。

「俺は……ルティ、でいいよ」

 名乗れば素性を知られる…きっとそれを恐れたのだろう。皇子だからこそ命を狙われ、大切な家族を奪われる結果になってしまったのだから、心に傷を負っていてもおかしくない。

「じゃあ僕も、アミィでいいよ」

 彼に合わせてアミクスも、両親や近しい者からしか呼ばれない愛称を伝えた。遠慮がちにアミィと呼んだ皇子の声はとても小さくて、その事を揶揄ってやると不満に感じたのか膨れっ面を浮かべる。皇子とはいえ、彼もこの時はまだほんの十歳の、普通の子供なのだと実感した。

「悪かったな…友達なんて、いた事ないから……気安く人を呼んだ事も……ないんだよ……」

「うん…うん!じゃあ、僕が君の初めての友達?」

 照れ臭そうに小さく頷く第三皇子は、とても素直で純粋な人物なのだと思えた。同い歳のはずなのに、なんだか守ってあげたくなる脆ささえ感じられた。

 だからこそサリアは、自分に彼を託したのだろう、と。


 そうして少しずつ会話を積み重ね、長い時間をかけて彼は心を開き、傷心から立ち直るにつれて沢山の表情を見せてくれるようになっていった。


*** 


 あの出会いから八年。

 まさか本当に、サリア様が言った通りの事が起こるとは思ってもいなかった。彼女に託された、水脈へ干渉して転送する禁術と、極秘の地下通路を抜ける壁の封印を解く魔法。この二つを使う機会なんて来なければいいのにと願い続けていたが、現実はそれらを行使し、目の前でルティを送り出したばかりだ。

 これで僕の役目は終わり。生きろと命じられたけれど、きっとそれは難しいだろう。

 攻撃と思しき衝撃と音は確実にこちらに近付いてきている。他にもルティを秘密裏に転送させられる魔法はいくつか存在しているのに、どうして魔力の波動が大きな禁術が選ばれていたのか…。

 それはルティを狙う『目』を、彼から引き離すために他ならない。

「ルティ…約束、守れなくてごめんな」

 直後、身体に響くほどの衝撃と共に出入口の扉が周囲の壁もろとも崩落した。舞い上がった土埃が落ちて静けさを取り戻す頃、その向こうから当然のように姿を現したのは、ルティを狙っていた張本人、第二皇子ラディクスその人…。



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