0033
「なるほどな……あの第一皇子が居るのなら、ヴェネトス行きは間違いじゃないだろうな」
ルティウスも頷き、リーベルが賛同してくれた事に少しだけ安堵する。だがそれでも表情を曇らせているリーベルの反応に、誰もが訝しむ。
「まぁあれだ、まずはベラニスから西へ渡らない事には始まらんなぁ……」
渡し船の運行に何かしらの支障が起きている事は、リーベルの言い様から容易に考えられた。おそらくそれが、ベラニスに人が多く留まり続けている要因なのだろう。
「もしかして、ベラニスで何か問題が起きていて、船を出せずにいるとか?」
「ま、簡単に言えばそういう事だな」
その問題が船そのものなのか、大河にあるのか。それ次第で、ルティウス達に協力出来る事があるかどうかは変わってくる。
「叔父様、俺達に何か出来る事はある?」
「……ん~、どうだろうなぁ?人の力でどうにかなるものでもないだろうし」
その一言を機に、誰からも見えないテーブルの下でルティウスの手が握られた。そんな事をするのは一人しか居ないのであえて指摘もしないが、何の意図があるのかを確かめるために視線を向ける。
『ここの大河には、余計な者が入り込んでいる』
脳内に直接響くレヴィの声。それはルティウスだけに伝えられたアドバイス。そして握られた手の意味…それは、この手を取り頼れという無言の主張。そして言葉から、レヴィは既に解決の糸口を掴んでいるという事も察した。
「…叔父様、船が動かない理由は、大河に何か潜んでるから、で合ってる?」
レヴィを信じていない訳ではない。けれど事実確認はしなければとリーベルへ問う。僅かな逡巡の末に真剣な表情で首肯する叔父の反応を目の当たりにし、ルティウスはもう一度隣に居るレヴィを見上げた。
「…少し、話してもいいかな?」
「好きにするといい」
何を話そうとしてるかも聞かずに快諾するレヴィは、やはり本当に優し過ぎる。少しだけ苦笑してからリーベルとテラピアを交互に見遣り、前置きを告げた。
「テラピア、この部屋には誰も来ない?」
「ええ、人払いは先に」
「遮音結界…だっけ?あれ、また使ってもらえるかな?」
「既に展開済みです」
にこりと笑う彼女は、やはり次期領主として優れた才を持っている。頼みたい事の手配は全て完了していた事に驚きつつも、それならばと安心してルティウスは彼らに話す事を決めた。
「カレント大河には、何かが居る…レヴィが教えてくれたんだけどさ、河を荒らしているそれを俺達で排除しようと思う」
「……本気で言ってるのか?あれは、そこら辺にいる魔物とは訳が違うぞ?」
ルティウスの決意は皇子として立派だと思う反面、自警団の長としてベラニスを脅かしているものの正体を既に知っているリーベルは、素直に賛同は出来ず諦めさせようと返す。しかし甥の隣に座る男は、迷いなくそれを言った。
「大河に入り込んだのは海竜だ」
当然のように視線がレヴィへと集まる。フィデスもまた心当たりがあるのか、少しだけ嫌そうな顔をしてレヴィへと向く。
「えぇ~、アイツまた大陸に近付いてきたの?ほんっとしつこいね?」
「二人とも、その海竜と知り合い?」
「アイツはだーめ。知性なんてない暴れん坊で、あちこちの大地を海に沈めてきてるんだよ」
「知ってはいるが『知り合い』とは思われたくないな」
「そんなにヤバいのか……俺、勝てそう?」
「それなりに強いが、まぁ私がサポートしよう」
「う……単独じゃまだ無理って事か」
「ボクも手伝うよ!あ、だからボクもルティ君に聖石渡していい?」
「粉々にしてやる」
「ちょっと?」
「…ははは」
三人の会話の内容をただ聞いていたリーベルとテラピアは、それぞれ異なる反応を見せていた。
「…………なぁルティウス?改めて聞くんだが、その……連れの二人は一体?」
「遥か昔にベラニスを襲った海竜を知ってらっしゃる…?えぇと確かあの時に海竜を撃退したのは水神様と共に戦場へ出たとされる水の竜神様で……ええと……」
「随分と懐かしい話だな…かなり事実と捻じ曲がって伝わっているようだが、確か二千年ほど前だったか」
「あの時のレヴィの暴れっぷりも凄かったよね?」
「黙れ」
「「……………………」」
初めて知らされた衝撃の事実に二人は揃って沈黙し、時が止まったかのように硬直している。おそらくこれが、二人の正体に気付いた普通の人間の反応なのだろうなと、ルティウスは自身の感覚のズレに初めて気付く事になった。
「る、ルティウス……?もう一度聞いていいか……この二人、いやこちらはのお二方は……」
「あ、うん。話しそびれていたんだけどね…土の竜神フィデスと、水の竜神レヴィ」
改めて二柱の神を紹介するが、二人はどこか半信半疑といった様子だ。信じてもらうには、あの姿を見せるのが手っ取り早いだろう。
「レヴィとフィデスにお願いがあるんだけど…」
「いいよー!」
「お前の頼みとあらば」
そして席を立ったレヴィとフィデスは、座っているルティウス元へ集まり肩に手を置くと、全身に魔力を纏わせていく。隠されていた角と翼が出現し、人ならざる者であるその姿を露わにしていく。まだ内容を伝えてもいないのに、この神達は少年の意図を汲み勝手に正体を明かしてしまった。
「あ……蒼い、四枚の翼……ほ、本当に……」
テラピアに至っては、両手を合わせて祈りを捧げるかのようにレヴィを見つめている。水神を信仰するベラニスの次期領主ともなれば、竜神との邂逅など夢のまた夢である。
リーベルは開いた口が塞がらないといった様子で、高速の瞬きをずっと繰り返していた。
そうした一般人の反応に何故か楽しそうな二柱の神は、何故かずっと微笑んだままだ。
「……何で、俺が言う前に分かったの?」
「お前は分かりやすいからな」
「ボクは…話の流れ的に?」
「そういう事だ。ルティには私が付いている。海竜如きに遅れは取らせない」
でも魔法を使えば消費するのは俺の魔力…と言いそうになるが、ルティウスはあえて黙っておいた。これでリーベルが海竜撃退に反対する要素は無くなるだろうから。
「叔父様、わかってもらえたかな。俺達がその海竜をどうにかするよ」
ベラニスのためでもあるが、全ては自分達のため。そしてレヴィの封印解放のため。ここで足踏みをしている訳にはいかない。
ようやく平静を取り戻し始めたリーベルは再び頭を掻き、悩んだ末の妥協案をルティウスへ与えた。
「お前さんに竜神が付いているのは理解した。だけどその上で、ルティウス……試させてもらおうか?」
言葉と同時に、リーベルは傍らに立て掛けていた長剣を手に取り、ルティウスへ向けて掲げる。
「この俺に勝てるようじゃなきゃ、奴の撃退は任せられんからな」
「……お前、この期に及んでまだルティを……」
鎮まったと思っていた殺気を漲らせるレヴィだが、それを遮ったのはルティウス本人だった。
「いいよレヴィ。叔父様の言う事は尤もだ。当時のレヴィが暴れるくらい強い相手なんだろ、海竜って。叔父様に勝てるくらいじゃなきゃ、俺が足手まといになるからね」
守られるだけではいけない。レヴィの優しさに甘え過ぎてもいけない。自分の力で立てなければ、何も取り戻せないし守れない。
「いい覚悟だ」
そうして二人は、テラピアに案内されて館の中庭へと向かう。竜神の姿から人の擬態へと戻った神達は、部屋から出ていく三人を見送りながら呟いた。
「やっぱり強いね、ルティ君は」
「当然だろう」
「ね、本当に聖石渡しちゃダメ?」
「……ルティに聞け」
小さく拳を握り締め「粘り勝ち!」と喜ぶフィデスの隣で、レヴィは遠く…だが少しずつ近付く懐かしくも厄介な気配を感じ、大河の方向を鋭く睨み付けていた。




