0032
翌朝、ルティウスはベッドの上で目を覚まし何度目か判らない衝撃に飛び起きる。
いつ眠ったのかは覚えていない。記憶の最後にあるのは、レヴィにしがみついてみっともなく泣いてしまった事。そんな醜態を晒してしまった相手、レヴィがやはり隣に寝ていた。
「どうしてまた……」
部屋は別々に用意されていた。泣き疲れて眠った自分を置いて自室に戻る事も出来ただろう。それでも隣に居たのは、きっと自分が悪い…そう考えてしまう。
あんな体たらくでは、心配するなと言う方が無理だろう。どれたけ腕を磨いても心が弱いままでは、この竜神の過保護は無くならない。
「少しは気持ちが晴れたか?」
そしてルティウスが起きればレヴィも起きるのだと、もう分かっていたので声が聞こえても驚かない。
「うん……ありがとう」
あれだけ暗く沈みかけていた心は、ほんのり軽くなった気がする。また助けられた事に悔しい思いもあるが、裏切らないと断言してくれた事は素直に嬉しかった。
伸びてきた白く大きな手に引かれて、再び身体をベッドへ沈められる。そのまま頭を優しく撫でてくれているが、子供をあやすような手付きに少しだけレヴィを睨む。
「何だその目は……」
「子供扱い……」
「されたいんだろう?今まで、子供扱いされた事が無かったのだろうしな」
レヴィの言う通りだ。皇子として産まれ次期皇帝の候補として育ち、親に甘えるという普通の子供にあるべき経験はほとんどしていない。皇位継承者として立派に…周りからもそんな期待を寄せられ、大人として振る舞う事が当然と思い生きてきた。
「ルティ、お前はもう少し楽に生きる事を覚えた方がいい」
諭すように言うレヴィの腕に引き寄せられ、彼の胸元に顔を埋められてしまう。また抱きしめられてる…小さく息を吐き、諦めて身を委ねた。
触れた身体から鼓動と温もりが伝わり、不覚にも心が落ち着いてくる。誰かの腕の中がこんなにも安らぐものと知らなかったルティウスは、再び瞼を閉じそうになる。
「いや、駄目だ!このままじゃ二度寝してしまう!」
「すればいいだろう」
人間とは感覚のズレがあるという事を忘れかけていた。温かな腕の中で微睡んでいたい気持ちを堪えてルティウスは飛び起き、再び引き込まれる前にとベッドから飛び降りる。
「多分、今日はまた叔父様と話す事になるんだ。いつまでも寝てはいられないよ」
「……お前に抱きついたあの男か」
「変な言い方するなよ……」
自分は毎日のように抱きしめてくるくせに…言葉にはせず内心で呟きながら身支度を……と考えたところで、ルティウスは自分の姿の現状に気付いた。
「…………あれ?俺、着替えてから寝たっけ?」
元々着ていた服はすぐ側のテーブルの上に畳まれている。几帳面な方だとは思っているが、自分の服をここまで丁寧に畳んだ事は未だかつて無い。不思議に思いベッドの上にいるレヴィを振り返ると、彼もまた普段の白い衣とは違いガウンを緩く羽織っただけの格好をしていた。
「……もしかして、俺の事も着替えさせた?」
「その方が眠りやすいだろう」
それはそうだけど…と言いかけたところで、今までほとんど見えた事の無いレヴィの肌が視界に入り、思わず目を逸らしてしまった。
やはりこの神様には、人間の距離感や貞操観念などをもう少し叩き込んでおくべきだ…ルティウスはそそくさと着替えながら頭の片隅で決意していた。
***
何故か惰眠を貪らせようとするレヴィを叩き起し身支度を済ませ、二人は揃って部屋の外へ出る。廊下を抜け昨夜通った大階段を下ったところで、執事と思しき使用人の男性に声を掛けられた。
「おはようございます。朝食のご用意が出来ておりますので、どうぞこちらへ」
案内されるまま付いていくと、そこは広い食堂。中では既に朝食を平らげているフィデスと、ホストとなるテラピア、そして何故か一緒に朝食を摂っているリーベルがいた。
「おう、おはようルティウス。顔色は…だいぶ良くなったな?」
「心配かけてごめん。もう、大丈夫」
リーベルに答えてから、ルティウスとレヴィは揃って席に着く。すぐに運ばれてきた朝食に手をつけながら、今後についての話し合いが始まる…はずだった。
「しっかしお前さん達…一緒に降りてくるとか、本当に仲が良いんだなぁ?」
唐突なリーベルの一言に、ルティウスは飲みかけていた水を盛大に噴き出した。
「ルティ、大丈夫か?」
打って変わって冷静なレヴィが、噎せているルティウスの背を摩る。
「なっ、何……言ってんですか、叔父様…」
「いやぁ、フィデスちゃんから色々聞いたばかりでな?お前達二人がすごく仲が良いって」
そういえばフィデスには、抱き合っている様を見られた事があった。勘違いを正そうと考えていたが、出来ていなかった事を思い出してしまう。
「…な、仲は良いと思うよ?な、レヴィ?」
「私のルティにおかしな事を言うのなら消すぞ」
「ばっか!私のじゃないし、その前に殺気!魔力溜めないで!」
危うく平和な食堂が惨劇の渦中になるところをどうにか抑え込む。最早慣れてきているのかフィデスは知らん顔で食後のデザートに舌鼓。テラピアはにこやかに見守るだけ。リーベルは尚もレヴィを挑発するような言動を繰り返して、楽しそうに笑顔を浮かべている。反比例して殺気を充満させていくレヴィをルティウスただ一人だけが静止し続ける事となり、朝から疲労困憊となった。
そうした賑やかな朝食の時間が、けれどルティウスは嫌だとは思わなかった。こんなに大勢で話しながらの食事は、今まで無かったから。
何故か一触即発の事態が続く朝食の時間を終え、五人は改めて今後についての話し合いを始めた。
「で、ルティウス達はこれからどうする予定なんだ?」
ベラニスへただ逃げてきただけではないとリーベルも理解している。ここは通過点に過ぎないのだと。その上で今後の動向は帝国を、ひいては周辺各国にすら影響を及ぼす。
「まずはヴェネトスへ向かおうかと」
「理由は?」
「サルース兄様がいるんだ」
グラディオス帝国第一皇子サルース。第二皇子による皇都制圧の前に落ち延びた、皇子にして名君と称される程の明晰な頭脳を備えた知将たる器。サルースならば各国へのコネクションも多く持っているため、助力を請うなら適任と言えた。




