0028
「おい、これはなんの騒ぎだ!」
その時、少し離れた場所から数名の男達が現れた。おそらく、人々が話していた自警団とやらだろう。揃いの腕章を着けた三人組が、人だかりをものともせずにルティウス達の傍へと近付いていく。
自警団と思しき者達の纏め役であろう。三人の中で年長らしい見た目の男が、帯剣しているルティウスへと声を掛ける。
「ここで何があったんだ?あいつをやったのはお前か?」
状況を拗らせてはいけないと、人の影から成り行きを見守るレヴィとフィデス。落ち着き払ったレヴィに対して、フィデスは少しだけ不安げな声を漏らす。
「……ねぇ、ルティ君、あのまま暴行の現行犯とかで連れてかれちゃったりなんて……」
「無いだろう。先に仕掛けたの自体、あの愚かなゴロツキの方だ。証人もそこら中にいる」
「大丈夫かなぁ…………」
「万が一ルティを捕縛などしたら、私が力ずくで奪い返す」
「やめなよ?レヴィなら本気で、報復しながらやりそうで怖いよ」
そして二人はまた、静かに彼らの様子を見守る。ただしフィデスは、隣に立つ同胞から放たれる殺気のせいでそれどころではなかったけれど。
「あっ、リーベルさん?」
「ん?何だ、テラピアちゃんか!」
声を掛けてきた男と、ルティウスが助けたらしい女性が親しげに名を呼び合う。
「彼は私を助けてくれたんです。あの人に絡まれてしまって……」
テラピアと呼ばれた女性は、視線を倒れている男へと向ける。リーベルと呼ばれた男もその視線を追い、状況を確認するように再び視線を戻す。
「…確かに、気絶させたのは俺です」
「…………まぁ、怪我の一つもしてないしな。テラピアちゃんを助けてくれたのなら俺達からも礼を言わないとな?」
そう呟いてから、リーベルは連れ立ってきた二人へと振り返る。
「ファム、ミレー。野郎の連行と後処理は頼むわ」
「「了解です」」
目配せと同時に名を呼ばれた男性二人は、軽い返事の直後、倒れている男を担ぎ上げてどこかへと去って行った。簡単な指示だけで手際良く動く彼らはおそらく優秀な部下達なのだろうと、ルティウスはただ見守っていた。
「さぁ騒ぎはお開きだ!散った散った!」
パンパンと手を叩きながら声を張り、集まっていた人々を瞬時に解散させていく。その手際の良さは、こうした揉め事の対処に慣れている者の証明。人々が話していた自警団の長で間違いないのだろう。
あっと言う間に人だかりは雑踏へと溶けて居なくなり、その場にはテラピアとルティウス、見守りに徹していたレヴィとフィデス、そしてリーベルだけが残っていた。
「…………ルティ」
落ち着いた所で、レヴィが底冷えしそうな程に低い声でルティウスを呼ぶ。ビクリと肩を跳ねさせたルティウスは恐る恐る振り返り、必死の苦笑いを浮かべるしかない。それ程までに、レヴィは静かに怒っていた。その隣に並ぶフィデスもまた、手に負えないと言った顔で苦笑している。
「ん?なんだ、そっちはお前さんの連れか?」
「あ、はい……えっと…」
「あぁ、悪かったな。俺はリーベル。この北区エリアの自警団を預かってる。よろしくな!」
快活な印象を与える口調で話すリーベルに応えようとして、けれど言葉を詰まらせてしまう。彼の声や表情に、どこか懐かしさを覚える。そして名前にも聞き覚えがあるような気がした。どこかで出会った事があるだろうかと記憶を辿るが、思い出せはしなかった。
「私はテラピアです。あの、助けて頂いてありがとうございます」
テラピアと名乗る女性が、礼を言いながらルティウスに向けて頭を下げる。
「いや、俺は大した事はしていないので…どうか頭を上げて下さい」
感謝される程の事をしたつもりは無い。ただ見過ごせなくて勝手に介入しただけ。そう言おうとしたけれど、リーベルの視線に気付いて言葉を途切れさせた。
「なぁ、お前さん…さっき、そっちの連れから『ルティ』って呼ばれたか?」
その問いに心臓が大きく跳ねた気がした。グラディオスの皇子であるとバレたら面倒だと思い、はぐらかす方法を思案する。この愛称を知る者は多くは無いが、気付く人は居るかもしれない…と、自身の行動を省みる。だから素性を知っているレヴィが怒っていたのだと納得してしまう。
心の中でレヴィに謝りながら、どう誤魔化すべきか考えていたルティウスの身体は、しかしリーベルによって抱きしめられていた。
「……えっ?」
「無事だったんだな……良かった!」
「えっと、あの…………」
「そうか、まだ赤ん坊だったもんな、覚えてる訳がないよな!」
「俺の事を……知ってる?」
突然の出来事に、ルティウス本人はおろかフィデスもテラピアも驚愕に目を丸くしている。何故かレヴィだけは、全身から殺気が駄々漏れになっていた。
「ルティ…サリア姉さんは息子の事を、いつもそう呼んでいたからな」
「姉さん……え、母様の……えっ?」
ルティウスの脳内は混乱の極地だった。亡き母に弟がいた事は知らされていない。けれど言われてみれば、どこか母と似た面影があるようにも思える。リーベルの事を懐かしいと感じたのはそのせいなのだろうかと、困惑の中で必死に考えた。
「ルティの身内なのは理解した。まずは、その腕を離せ」
そしてこの状況をさらに拗らせかねない過保護な竜神が、リーベルに向けて手を翳している。今にも攻撃魔法を放ちそうな殺気を瞳に宿らせたレヴィは、既に指先へ魔力を溜め始めていた。
「バッ…レヴィだめだ!ここ、街の中!」
「さすがにダメだよ!抑えてよ?」
ルティウスは慌ててリーベルの腕を振り解きレヴィの静止を試みる。同様に慌てるフィデスも、ルティウスと並んで止めに入る。二人の説得によりどうにか宥められ事なきを得たが、第二のモア事変が勃発するかと二人は肝を冷やす事となった。




