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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二十話

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 一行がラテーレ村を発って間もない頃。

 中立都市ベラニス、領主邸。


「ファムくん、こちらもお願いしますー」

 とある一室の整頓と掃除を行うテラピアの声が響き渡り、手伝いに駆け付けたファムは快く応じている。

「急に呼び出されて何かと思いましたよ⋯使用人の方々にお願いはしなかったんですか?」

 棚の高い位置に収納されている何かの箱を下ろそうと背伸びをするテラピアの背後に立ち、リーベルと変わらぬ長身に育った二十歳のファムが手を伸ばす。テラピアが求めていた大きな箱を軽々と引き下ろすと、依頼主は穏やかな微笑みを浮かべて謝意を伝えた。

「殿下達をお送りするために急ぎましたが、まだまだ復興は終わってませんから!」

 オストラによるベラニス強襲の被害は、港周辺に限られていても軽微なものではなかった。西へ渡りたいというルティウスの望みを叶えるべく、渡し船の運航再開に尽力したものの、港の設備以外は未だ手付かずな部分が多い事を、領主であるテラピアは当然ながら、自警団長を継いだファムもよく知っている現実。

「⋯テラピアさんの事だ。どうせまた、働き詰めで秘書の方に止められたんでしょう?」

 深く考えずに思い浮かんだ推測を口にすれば、テラピアはバツが悪そうに、けれど動かない笑みを張り付かせる。

「⋯⋯⋯図星ですね?」

 少しだけ呆れ混じりの溜め息を吐いても、テラピアはニコニコとした表情を欠片ほどにも崩さない。

 出会ったばかりの頃から、頑張り過ぎる節があると知っている。彼女を支える執事が『如何にして無理をさせ過ぎず自然に休ませるか』という点に心血を注いでいるか⋯。

 親交が深いからこそ、ファムも自分事のようにテラピアを案じて表情を険しくする。

「⋯殿下やリーベルさんが帰ってきた時、今度こそ⋯ちゃんと綺麗なベラニスの街で、お迎えしたいんです」

 変わらぬ微笑みのままでありながら、ファムに向けられるテラピアの視線は少しだけ憂いを含んでいた。

「テラピアさん⋯⋯」

 彼女が呟いた一言の意味をファムも瞬時に悟り、淡い銀色の美しい瞳を細める。


 美しく華やかな川辺の街、中立都市ベラニス。

 しかしその裏では今も、他国からの亡命者や流れ者、貧困に喘ぎ路地裏で朽ち果てる者はまだ存在している。

 そうした裏の側面を、領主を継いだテラピアも、自警団長を継いだファムも、嫌という程思い知らされていた。


「そういえばテラピアさん、その箱の中身は⋯?」

 長身のファムが手を貸して引き下ろした大きな箱。それほど重さを感じなかったものの、女性が動かすには難儀だろうと思える重量を誇っていた。

「あぁ、これですね?」

 厳重に鍵まで掛けられた、物入れと思しき質素な木箱。

「⋯実はですね、リーベルさんから託されていたのです。いつか、ファム君に渡してあげてほしいって」

「あの人が、俺に⋯⋯?」

 小さな鉄の鍵を握るテラピアに続いて、ファムもまた箱の前で膝を折りその場にしゃがむ。

「ふふっ、リーベルさんらしいなって思いました。本当に、リーベルさんはファム君のお父さんだなって⋯」

 弾んだ声で囁きながら開けられる、少しだけ埃を被った大きな木箱。しかし中に入っているのは、箱の大きさにそぐわない、控えめな布の包みだけ。

「これは⋯?」

 テラピアが丁寧な手つきで、大切そうに箱の中から包みを取り出す。けれど両手で持ったそれを、隣でしゃがみ込むファムへと差し出した。

「はい、これはファム君へ」

「えっ⋯俺に?」

 思いがけない展開に目を見開くファムは、それでもテラピアから包みを受け取る。それほど重さもない大きな包みは柔らかく、中身が何なのかと考え僅かに首を傾げた。

 しゃがんでいる膝の上に包みを乗せて、ゆっくりと外側の布を開けていく。中から姿を現したのは、ファムにとって絶望の象徴でありながら、しかし今へと繋がる奇跡が凝縮したような、かつての生家の紋章が襟元に刻まれた騎士服。

「⋯⋯リーベルさんは、俺の生まれを知っていたんですか?一度も、話していないのに⋯」

 二度と見る事はないと思っていた、誇り高き実家の紋章。精巧に再現された刺繍を指先でなぞりながら問えば、テラピアはどこか満足そうに瞳を細めて語る。

「リーベルさんは、ファム君と出会う前に世界中を回っていましたからね。知っていても不思議ではありません」

 恐る恐る騎士服の布地に手を掛け、全容を確かめるように両手で持ち上げた。

 風の冷たい西の大陸、その辺境を駆ける、思い出の中の実父や兄を彷彿とさせる軽い素材。長い身丈ながら動きを阻害することのないよう計算された造りで、夜明けを思わせる薄紫に染められた服の裾にも、かつての実家を象徴する紋様が銀糸で刺繍されていた。

「今でも覚えていますよ。サリア様に憧れた私が神官を目指すために、北区の診療所をお手伝いしていた十年前。衰弱したファム君を抱えて、早朝から飛び込んできたんですよね、リーベルさん」

 懐かしそうに過去を振り返るテラピアの言葉に、ファムは気恥ずかしさからちらりと視線を逸らす。

「⋯そう、ですね。今の俺がこうしていられるのも、あの時リーベルさんが、俺を連れ出してくれたからで⋯──」


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