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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二十話

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 姉の訃報を知ったリーベルは、それからしばらくは手を付けられないほどに荒れた生活を送っていた。友として幾度となく窘めるが、浴びるように飲む酒の量は日毎に増すばかり。

 次第に互いの言葉は鋭利になっていき、口論が増え始めた頃、ジェロアは故郷ベラニスを離れラテーレ村へと移り住んだ。

 サリアへの想いも、何もかもを捨てて新しい人生を歩む⋯そう決意しての移住だったが、しかし運命はジェロアを見逃してはくれなかった。


「そういえばさ、ベラニスは問題ないのか⋯?リーベル、自警団長だったんだろ?」

 ベラニスを離れて数ヶ月が過ぎた頃、ジェロアの手元には、ある一通の手紙が届けられた。

 少しだけくたびれた、けれど少しだけ乾いた封蝋で閉じられた封筒に刻まれた差出人の名が、全ての悲しみから逃げ出しジェロアを現実へと引き戻し、自ら止めたはずの時さえも再び動き出す契機となる。

「ベラニスは、大丈夫だ。ファムとミレーが居るからな」

 

 ジェロアの元に届いた手紙こそ、亡きサリアその人から送られたもの。

 亡くなる少し前に書かれたものだと、丁寧な文字で綴られた言葉を目で追い、ジェロアは泣き崩れた。

 文字に込められていたのは、弟のリーベルを、そして息子のルティウスを想う溢れんばかりの愛情。そうした優しく温かな気持ちは、子供の頃に何度も話をしたジェロアにも向けられていた。

 逃げ出した己を恥じ、悔やみ、ジェロアは苦悩に苛まれる。しかしそんな男を奮い立たせたのは、手紙に記されていた、未来を憂えたサリアによるジェロアへの願い。


──いつの日か、ルティが貴方の元を訪れる。その時のために、貴方に集めておいて欲しいものがある──


 まるで遺言のような文字の羅列を指先でなぞり、ジェロアは涙を拭って奮起する。

 サリアに託された集めるべきもの、それこそが今のレヴィに必要とされる『星の雫』の情報であると知るのは、それから数年後の事だが⋯──。


「ファム君がリーベルの元に来たのも、確か十年前だったよなぁ⋯?」

 ガタガタと音を鳴らしながら進み続ける馬車の御者台から、遠くへ視線を向けるジェロアが確かめるように問う。

 サリアの手紙を受け取ったジェロアは、まるで弾かれたようにその後の動きが速かった。

 逃げるようにして離れたリーベルを案じ、ベラニスに向けて手紙を送った。一方的に断絶を選んだジェロアは返事が来るなどという虫の良い期待は持たず、村での仕事をこなしてはメルカトスの図書館へと通い、託された願いのために知識と情報を集める日々を繰り返す。

 しかし数ヶ月が経ち、ジェロアの元にはリーベルからの返事が届けられた。

 ジェロアが逃げた事を気にしていないという、リーベルらしい大らかな一言から始まり、路地裏でファムという少年を保護し養子として引き取った話や、ファムを育てるためにベラニス自警団で働き始めたという、友の再起を示す嬉しい内容が、雑なのに丁寧な文字でびっしりと書き込まれていた。

「そうだなぁ⋯ファムは、俺には勿体ないくらい、出来た子に育ってくれたもんだぜ⋯──」


 その日も、リーベルは一人でベラニスの繁華街を彷徨っていた。

 昼も夜も、時間を問わず酒に溺れるだけの日々。このままではいけないという微かな理性は残しながらも、喪失の悲しみは簡単に消え去ってくれない。

 飲み明かしては記憶を飛ばし、酔いに任せて八つ当たりのように、街ゆく人々へ喧嘩を売る事もあった。

 こんな体たらくでは、矜恃を全うして亡くなった姉の墓前にすら顔向けできない⋯自覚はしていても、現実の悲しみと後悔を飲み込むには時間が足りていない。

 しかしリーベルの荒んだ生活は、唐突に終わりを告げる。

 幼馴染のジェロアがベラニスを離れたと知った後の事。

 変わらず酒を浴びて泥酔したリーベルは、ふらふらとした足取りで薄暗い路地裏へと迷い込む。

 皇妃となった姉の輿入れとともに隆盛を誇った実家のフォンス家は、姉の崩御から一気に衰退の一途を辿った。帰れるはずの家すらも、もはや失ってしまったに等しい。

 慕っていた姉を失い、信じていた友にも見限られ、帰るべき家は没落間近。

 このまま暗い路地裏で、人知れず朽ちていくのも悪くない⋯そうした諦念から足を伸ばした先で、リーベルは目にしてしまった。

「⋯おぉい、小僧⋯⋯ンなとこで、なぁにしてんだぁ⋯?」

 決して清潔とも言い難い、中立都市ベラニスの裏側。東西の大陸を繋ぐ唯一の渡し船の港を持つこの街は、明るく治安の良い表の顔と、人が行き交うからこそ生まれる仄暗い裏の顔も存在する。

 全ての民が満たされている訳ではなく、さ迷い、飢え、朽ちていく命が潜んでいる事も、この街で生まれ育ったリーベルは知っていた。

 リーベルの目の前で、膝を抱えて座り込むのは小さな少年。歳の頃は十歳かそこらだろう。

 よくある光景だ。日照りに喘ぐ南の島国からの流れ者か、西の公国で腐敗しきった貴族に追い落とされた没落名家の生き残りか、どちらにしてもリーベルには関わりの無い事。そう割り切って素通りしても構わなかった。

 だが、リーベルは何故か立ち止まり、少年の隣で壁に寄りかかると、そのままずるりと腰を下ろしていった。

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