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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十九話 Concentus

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 温かな湯気を立ち上らせる料理が丁寧に取り分けられ、それぞれが自由に食事へとありつく。仕事を終えたゼフィラとフィデスも楽しげに食べている中、ジェロアは予め用意していた濃厚なルナリスフローラの蜜を空いているグラスに注ぐと、レヴィへと視線を向ける。

「ねえ保護者さーん、ちょっとここに、お水くれない?」

 まるで便利な給水器のように扱われても、機嫌の良いレヴィは文句の一つも吐かずに、美しい指揮を執るように指先を踊らせる。空中にふわりと現れた水を的確にグラスへ注いでいくと、満足そうに再び酒のグラスを傾けていた。

「いやぁほんっと、俺なんかの加温よりも、保護者さんの水の力の方がめちゃくちゃ助かるよねぇ」

 軽口のように言いながら、澄んだ水と黄金色の蜜が溶け合うグラスに魔力を注いでいく。氷のグラスでありながら溶ける事のないその中では、蜜の香りを孕んだ甘い湯気を立ち上らせる特製のホットドリンクが出来上がっていた。

「酒を飲まない君達には、これをどうぞ~。身体の中からあったまるよ~」

 出来上がった飲み物はルティウスとスペラ、そしてゼフィラとフィデスの前へと届けられる。

 メル・フロースと似た味の飲み物を口に含んだルティウスとスペラは、幸せそうに表情を綻ばせ、ゆっくりと息を吐いた。

「気にしないようにしていたけど、やっぱり冷えてたんだな。これを飲んだら、すごくじわ~っと温まるよ」

 心地良い温もりを放つ氷のグラスを両手で握り締めて、ルティウスはさらに椅子へと深く背を預け、ちらりと、満点の星が降る空へ視線を向けた。


 帝国を脱出したあの時には、こんなにも穏やかな時間を過ごせる未来など、想像する事も出来ていなかった。

 見上げていた視線を落とせば、酒を飲みながら賑やかに話す叔父とジェロア、甘い飲み物を片手に食事をとるフィデスとゼフィラの和やかな光景が、揺らめく焚き火に照らされた蒼い瞳に映り込む。

 平和としか言い表せない時間を噛み締める度に、ルティウスの頭には、帝国に残してきた親友の最後の笑顔が浮かび上がる。

 実質の崩壊に至ったと聞かされた祖国。そんな地獄の渦中で、親友アミクスは今も無事でいるのか…そんな不安は、目の前の幸福を実感する毎に膨れ上がっていく。

 無意識に氷のグラスを持つ指先に力を込めて、今は考えないようにと意識してみても、思うようにいかない。

 大切な仲間達の楽しげな喧噪さえも遠く聞こえる感覚に陥っていたルティウスの耳に、しかし優しい声が届くのはすぐの事。

「ルティウス君…」

「ルティ…」

 左右から同時に届いた、静かな呼び声。

「えっ…?」

 深い霧から抜け出したようにスペラとレヴィへ交互に視線を向けると、二人はどこか真剣な表情でルティウスの顔を覗き込んでいた。

「……何を、考えていた?」

 首元で光る聖石と、渡した蒼い指輪による深い繋がりを持つレヴィには、胸の奥で波打つ不安など筒抜けである。酒の入ったグラスを持つ右手を膝に下ろし、金の瞳を細めるレヴィの表情からは、心配の感情が見え隠れしていた。

「ん…大丈夫。ちょっと寒かったから、ぼーっとしちゃっただけだよ」

 しかし心の中に芽生えた不安を隠すように、ルティウスは微笑み返した。

 この優しすぎる竜神が、子供じみた誤魔化しで引き下がるはずもないと分かっていながら、ルティウスは笑みを絶やす事なく、金の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「………本当に、それだけなら良いがな」

 だが珍しく、レヴィはそれ以上踏み込もうとしない。射抜くような金の眼差しは外さないまま、右手に持ったままのグラスを再び口に付け、琥珀色の液体を流し込んでいく。

 その時、僅かに背を向けていたスペラがルティウスの肩をトンと叩く。軽い感触に振り返ると、ルティウスの小さな唇の隙間へ食べやすい大きさにカットされた肉料理の一つが押し込まれた。

「んっ…」

 蒼白い氷のフォークを握るスペラは微笑み、淡いウィステリアの瞳を少しだけ細めて少年の顔を覗き込む。

「ちゃんと噛んで、食べてね?」

 言われるがままもごもごと咀嚼し、戸惑いながらも意図を伺うようにスペラの表情を見つめた。

「人ってね、お腹が空いていると、不安になっちゃうの」

 優しい声で呟きながらテーブルに向き直るスペラは、丁寧な所作で皿の上に並ぶ肉を氷のナイフで切り、自身の食事も再開させる。

「私もそんな時期があったからね、何となく分かるのよ」

 多くは語られない、夜風に溶ける独白のような囁き。だが言葉の一つ一つが、自分を案じてのものだとルティウス自身も気が付く。

「ごめん、心配させちゃったよね…」

 苦笑を浮かべて一言だけ呟いても、スペラはただ静かに微笑むだけ。その穏やかな優しさはルティウスの不安を溶かし、やがて素直な笑顔を自然と引き出していた。

 横目でちらりとルティウスの変化を確かめたスペラは、ただ満足そうに瞳を細めるだけ。


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