0213
「あはは…アーダさん、ほんっとうにさ…一体何人分詰めたんだよ?」
馬の面倒を見ていたはずのジェロアもテーブルへ視線を向け、食べ切れるか心配になる程の量を見て苦笑する。
大きな円形のテーブルの一画で、我先にと椅子に腰を下ろしているリーベルは、レヴィの後方で立ち竦んでいるスペラを見据え、いつの間にか右手に握っている酒瓶を掲げながら、いつものように声を張り上げた。
「おぉい、ルティウス!それとスペラちゃんも!遠慮してねえで、とっととこっち来て座れよ!」
上機嫌な様子で、テーブルの上に並んでいた蒼く輝く氷のグラスを一つ掴み、待ち切れなかったようにリーベルは琥珀色の酒をなみなみと注いでいった。
「あっ!リーベル、それ!いつ見つけたんだよ?」
一人でしれっと晩酌を始めようとするリーベルを横目で見ながら、車台から引きずり出した馬達の食事を用意するジェロアが文句の台詞を口にする。
「あぁ?なんか馬車ん中のそこいらに埋まってたからな?商品用の箱の中じゃなかったし、俺ら用だろ?」
「はぁ…全く。良いけどさ、俺の分も残しといてくれよぉ?」
勢いよく飼葉に食いつく馬達の逞しい首筋を優しく撫でながら、ジェロアは盛大な溜め息と共に釘を刺した。こうでも言わなければ、自分が飲む分など絶対に残らないと、リーベルと付き合いの長いジェロアは身に染みて理解している。
リーベルに呼ばれたルティウスは、まだ戸惑いが残るスペラの手を取り微笑みを浮かべた。
「ほら、叔父様もああ言ってるし。一緒に食べよう!」
珍しく積極的に、ルティウスは返事を待たずスペラの柔らかな手を引いてテーブルへと向かう。
若い二人が横を通り過ぎ、並んで歩く後ろ姿を見守るレヴィもまた微かに笑みを滲ませ、軽く息を吐いてからテーブルへと向かう。
そして吐き捨てるのは、リーベルへの容赦ない、氷のように冷ややかな一言。
「おいリーベル。またルティに飲ませたら、その瞬間にお前を湖の底に沈めるぞ」
冗談半分の、けれど半分本気の警告を発しながら椅子に座るレヴィへ、リーベルはどこか青褪めた表情を浮かべ、グラスを口に付けたままぽつりと呟いた。
「わ、わかってるよ…俺とジェロアだけで飲むって……」
本気で怒らせれば、文字通り沈められかねない。それを知っているリーベルは微かな恐怖を滲ませて反論するも、レヴィはやはり上機嫌な様子で空いている蒼白いグラスを一つ掴み、リーベルに向けて突き出した。
「ルティに飲ませるなと言っただけだ。飲まないとは言っていない」
「………は?」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、視線だけで『注げ』と言わんばかりに差し出されたグラス。底知れない圧力を感じたリーベルは静かに、けれど金色の眼差しに逆らう事なくボトルを傾けていった。
「おい、ジェロア。これ、残らねえかもしれねえわ…」
幾度か酒を酌み交わしているリーベルは知っている。目の前で笑う真っ白で強烈な保護者が、圧倒的なまでの酒豪であり、同時に酒を好む男でもある事を。
本気を出せばボトルの一本など、レヴィ一人で飲み干すのも時間の問題だと。
「うえぇ…!ちょっ、待て待て!俺も飲みたいからっ!保護者さん、ちょっと控えめに頼むよォ?」
未だ終わらない馬の世話を焼きながら、情けない嘆きの声を上げるジェロアを横目に、レヴィはゆっくりと酒の入ったグラスを口に運ぶ。
芳醇な香りとブランデーの深い味わいを楽しみながら、レヴィは再び左手を軽く掲げて鮮やかに魔力を練り上げる。小指に嵌められた小さな蒼い輪が輝くと同時に、何もなかった宙に生み出された水が今度は数多く分裂し、やがて皿のように薄く広がって固定されていく。
「ゼフィラ、それを使うといい」
まるで片手間のように人差し指ひとつで操り、指名されたゼフィラの前へと創造された皿が積まれていく。酒を飲みながらこれほどの物質創造が行われるという光景に、ゼフィラも感嘆を通り越してついに言葉を失ってしまった。
レヴィによる物質創造は、皿だけでは終わらない。
掲げたままの左手が動くと同時に、小さな水滴が幾つも宙に浮かび上がる。それらは雪の結晶が集うように凝結していき、すぐにもナイフやフォークといったカトラリーの形状へ変わっていった。
「うわぁ…相変わらず、レヴィは凄いなぁ…」
指輪一つで精一杯だったルティウスは、次々と生み出されていく食器を見つめて、蒼い瞳を輝かせていた。
そんなルティウスの反応すら計算の内だったかのように、レヴィはちらりとルティウスを振り返り、揺るぎない声で断言した。
「魔力制御の基礎さえ身につけば、お前もこのくらいは容易く出来るようになるさ」
確信に満ちた声は、しかしルティウスにとって厳しい指導がこれからも続くという宣告。僅かに表情を曇らせるものの、すぐにも蒼い瞳は力を取り戻し、視界に映るレヴィの左手小指を見て決意を新たにした。
「また、教えてくれるんだよな?」
軽く握った左手の拳を突き出し、レヴィへと問い掛ける。
対してレヴィは右手にグラスを持ったまま、穏やかながらも不敵な笑みを浮かべ、指輪を嵌めている左手を同じように握り、ルティウスの小さな拳へそっと押し当てた。
「嫌だと言っても、身に付くまで徹底的に叩き込んでやろう」
元より厳しい指導は覚悟の上。自分を救うために重篤な核の傷を負ったレヴィを助けるため、自ら願い出たものだ。諦めるという選択肢など最初から存在していなかった。




