0212
続いてレヴィは、ゼフィラとフィデスが開けていく包みにも目を向ける。
アーダが用意した軽食は予想を裏切らない量で、七人の空腹を満たしても余りあるほど。
けれど足りないものに気付いたレヴィは、すぐ後ろに立つルティウスを振り返り、確かめるように問い掛けた。
「ルティ」
「え、何?」
「少し、お前の魔力を借りても平気か?」
水を生み出すだけなら、レヴィ自身の水竜としての能力だけで事足りた。しかしレヴィが思案したそれは、ルティウスの魔力を借りなければ成せない事。
先ほどフィデスを制したばかりのレヴィは、どんな返事が来るか確信していながら、あえて問う。
「大丈夫!前にも言っただろ?好きに使ってくれて構わないってさ」
魔法陣を破壊した直後は確かに消耗を感じていた。しかしこの地に満ちる花の魔力を浴び続けたルティウスは、既に消費した魔力が驚くべき速さで回復しつつある事を自覚している。
無理をしていないと訴えるつもりで笑みを浮かべれば、レヴィもまた安堵したように表情を緩めて、小さく頷き満足げに視線を前方へと戻す。
掲げていた右手はそのままに、周囲で踊る水の一部を凝固させていく。人数分の塊となった水はやがてその形を固定させ、瞬く間に氷のグラスへと変貌していった。
「…いや、分かってたけどよ?レヴィがいると、旅の常識なんかも覆されてく気分になるな…」
用意されたのは、水を飲むための溶けない氷のグラス。
しかしレヴィが成すのはそれだけではなかった。
「これだけだと思ったか…?」
不敵な笑みを浮かべ宙を漂うグラスを右手で維持したまま、レヴィはさらに左手を掲げる。
左手の周囲に生み出されるさらに大量の水。蒼い輝きを伴って舞い踊る水流は、やがてその形を誰もが見覚えのあるものへと変えていく。
無形だったはずの水は冷気を孕んで即座に固定され、全員の前に、月光を閉じ込めたような蒼白い輝きを放つテーブルと椅子が創造されていた。
「すごい…さすがはレヴィ様です!」
魔の知見を備えたゼフィラが感嘆の声を震わせる中、馬達の世話をしていたジェロアまでもが振り返り、その目を大きく見開いていた。
「…なんかもう、野営っていうよりさ、どこぞの野外レストランか何かになってないかい?」
苦笑と共にジェロアの口から零れたのは、呆れを通り越した純粋な感想。
魔の才を持たないリーベルに至っては、驚きのあまり言葉もない様子で口をあんぐりと開けていた。
「この程度、魔力さえ使えればどうという事はない」
自信ありげに、それでいて満足そうに笑みを浮かべるレヴィはゆっくりと両手を下ろし、動きに合わせて創造したテーブルセットを地面へと、音もなく着地させていく。
人間にとっては驚愕に満ちた現象を、いつもの事のように見守っていたフィデスの緋色の瞳が『その存在』に気付いたのは、創造された家具を大地に据え、ゆっくりと下ろされていくレヴィの左手を目にした瞬間だった。
「レヴィ…その、左手の……」
竜の【眼】を使わずとも一目で看破出来るほど、圧倒的な存在感を誇る小さな蒼がレヴィの白い小指で輝いている。
遥か昔より、レヴィは数多くの魔石に類するものを身に着けている。ピアスにペンダントと、あらゆる魔道具が装飾品としてレヴィ自身を彩るように輝いていた。そうしたレヴィを知るフィデスにとっても、指輪の存在は初めて目にするもの。
「…これか?」
下ろしたはずの左手を持ち上げると、レヴィは隠し切れぬ満足感を湛え、どこか嬉しそうに口角を上げている。その様子一つで、フィデスは語られずとも造り主が誰なのかを察していた。
「すごいじゃんっ!まだまだ制御が甘いって思ってたケド、ルティ君も成長したんだねっ♪」
地面に立つ大きなテーブルへ軽食の包みを置き直し、その場から改めて竜の【眼】を凝らして蒼い指輪を視る。
深層を眺めてみれば、小さな蒼い輪に込められている魔力は身震いするほどの純度と密度を誇り、ルティウスらしい温もりさえも感じ取れた。
あまり表情の変わらないレヴィだが、道理で機嫌が良いわけだと心から納得するほど。
「…凄いですね。このテーブル、どう見ても氷で出来ておりますが、触れても全く冷たさは感じません」
フィデスに続いて立ち上がり、テーブルと椅子を指先でなぞるゼフィラが感動したように声を漏らしている。
レヴィから視線を外したフィデスが、どこか我が事のように誇らしげに、月光を宿したテーブルへと躊躇いなく手をついて呟いた。
「まっ、レヴィならこのくらい、簡単にやってのけて当然だよね」
四柱の竜神の中で最も魔力制御に長けたレヴィが、さらに精緻な操作を可能とする最上級の媒体を身に着けている。左手の小指に嵌められた指輪を目の当たりにして、フィデスは僅かな羨望を込めた溜め息を吐いてから、すぐ横に立つゼフィラを見上げてにっこりと笑みを浮かべた。
「ほら、あの魔石だって凄かったじゃん?レヴィなら当たり前でしょ、このくらいさっ♪」
静かに頷いてから、ゼフィラはテーブルに乗せた包みをゆっくりと開けていく。
布の中から姿を見せたのは、三つもの大きな籠。それぞれに溢れんばかりのパンや刻まれた野菜、敷紙に包まれた香ばしい匂いを放つ肉料理が詰め込まれていた。




