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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十九話 Concentus

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「しっかし、これがルナリス湖ってヤツか?すげぇな、この白い花」

 かつて世界を旅したリーベルが感嘆の声を漏らし、周囲を見回す。

 完全に日が沈み夜闇が広がる中、白い花が淡い燐光を放つ光景を、この地の恩恵を受けているラテーレ村の長であるジェロアが自信満々に語った。

「そういえば、リーベルとここに来た事は無かったな?どうだぁ、凄いだろう?白い花が綺麗でぇ、この花達が、俺達のラテーレ村を助けてくれてるんだぜぇ?」

 馬車から降りる際に持ち出していたのか、いつの間にか見覚えのある紙袋を手に持つジェロアが、丁寧な仕草でスペラへと白い紙袋を差し出す。

「…あら?これは……」

 中身を知っているのか、スペラは表情を綻ばせて紙袋を見つめている。

「へへっ、メルカトスの歌姫様ならご存知でしょう?我がラテーレ村の名物、メル・フロースでございますぜ!」

 受け取ったスペラはゆっくりと、だがすぐに紙袋を開けて中身を取り出す。指先で摘まんだ小さな焼き菓子は甘い香りを漂わせ、その味に惚れ込んでいるルティウスも思わず瞳を輝かせていた。

「わぁっ、嬉しい!今日ね、本当はこのお菓子を買いに行こうと考えてたのよね。買えなくて残念と思っていたのだけれど⋯まさかこんな所で⋯」

 表情を綻ばせたまま焼き菓子を口に運び、慣れ親しんだ花の蜜の優しい甘みが口内に広がると、満足そうに、蕩けるような笑みを浮かべて瞳を細める。

 その様子をじっと眺めていたルティウスまでもが、視線を白い紙袋へと向けている。気付いたスペラは再び紙袋の中に手を入れ、一つを摘まんで持ち上げるとルティウスの眼前へと差し出した。

「はい、ルティウス君も食べる?」

「えっ、いいの?」

 にこやかに首肯するスペラの反応を目にして、ルティウスは蒼い瞳を輝かせながら、躊躇なく差し出された焼き菓子へとかぶりついた。

「ん~……やっぱり、美味しいなぁこれ!」

 口の中いっぱいに広がる幸福の味。軽く噛むだけでじわりと溶け出す蜜の甘さに表情を綻ばせるルティウスへ、しかしジェロアだけは強烈な、もはや呪いにも似た羨望の眼差しを向けていた。

「…あのスペラちゃんの手から…食べられるなんて……いいなぁ…」

 羨ましそうに呟く独り言を隣で聞いていたリーベルが、容赦なくその後頭部を叩き現実へと引き戻した。

「いい年こいた男が、気持ち悪い事言ってんじゃねえよ。それよりも…今日はこのまま、この辺りで休む感じか?」

 全力で文句を言い返そうと口を開き掛けるジェロアより先に、リーベルは現実的な話を切り出す。

 淀んだ魔力の気配も無く、ルナリス湖と周辺に咲き誇るルナリスフローラが放つ清浄な光は、この地そのものを守り包んでいるようにさえ感じられる。口を尖らせ不満を表情に浮かべたまま周囲を見回すジェロアは、大きな溜め息を吐いてからリーベルと、スペラを含む全員へ提案の言葉を投げ掛けた。

「あぁ、そうだねぇ。馬達も休ませたいし、今夜はここで野宿しちゃおっか~」

 いつの間にか隣に並び、スペラが持つ紙袋からメル・フロースを交互に摘んでは黙々と食べ続けている、仲睦まじいルティウスとスペラを羨ましそうに一瞥したジェロアは、その視線を後方に停めている馬車へと向けた。

「はぁ⋯⋯⋯アーダさんから貰った差し入れもあるし、ちょっと温めて食べようか…」

 どこか哀愁の漂うジェロアの一言に、ゼフィラとフィデスが真っ先に動き出す。

「でしたら、座れる場所と火を囲める場所に移動した方がよろしいでしょうね?ここでは、花を下敷きにしてしまいますし」

 足元で無数に咲く白い花達。ラテーレ村の原資にも当たる幻想的な光景を汚したくないという、ゼフィラなりの気遣いだった。

「ボクの力で、ちょっと花を移動させる事も出来るけど、移動しちゃった方が早いかな?」

 話しながら馬車へと足を向けるフィデスが、何度か花畑を振り返る。しかしその一言を制したのは他でもなく、フィデスの地脈を操る能力を誰よりも理解しているレヴィだった。

「やめておけ。お前が力を使えば、闇の魔法陣を破壊したばかりのルティから、さらに魔力を吸う事になるぞ」

 それは誰もが理解し、誰もが納得する理由だった。

「そだね~!あれだけすんごい爆発だったもんね…ルティ君、相当ハデにやらかしたんでしょ?」

 レヴィの制止を受け止めつつ軽い口調でルティウスを揶揄うフィデスに、話を振られたルティウス本人は蒼い瞳を軽く見開いて、信じられないといった様子でぱちぱちと瞬きを繰り返し、フィデスと、そしてレヴィへ交互に視線を向けた。

「……えっと…あれ、かなり離れてたはずなのに…もしかして…?」

 今でこそレヴィによって修復された花畑。しかしレヴィが居なければ、この場所の一画は今も抉られたまま、剥き出しの土が痛々しい傷跡のように口を開けていただろう。

「おうよ。ばっちり爆音が聞こえてきたぜ?あぁこりゃ、ルティウスがやらかしたな?って、逆に安心したもんだ」

 荷馬車の元に向かうべく踵を返すリーベルもまた、軽い口調で事実を告げる。

「ウソだろ…だって、あそこからここまでって、けっこう距離あったよね?」

 再度確かめるように、ジェロアへ、ゼフィラへ、そして振り返ったままのフィデスへと視線を流していく。目が合う度に頷かれて、全員が聞き届ける程の巨大な爆発を起こしていたのだと、ルティウスは改めて思い知らされた。


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