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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十九話 Concentus

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 目の前で崩れ落ちていく、大きく頼もしい姿。

 白いローブがふわりと舞い、海の蒼を湛えた白銀の髪が、咲き乱れる白い花弁の上に散り静かに広がっていく。

 腕の中には救ったスペラを抱きかかえたまま、レヴィの身体が力なくその場に倒れていく。

「……レヴィっ!」

 黄昏の中、深い緋色の髪を揺らして手を伸ばすが、小柄なルティウスでは、抱き留める事さえ叶わない。

 追い掛けるように膝を着き、白皙の頬に指先で触れる。温かいはずの肌は、恐ろしく冷え切っていた。

「レヴィ⋯何で⋯⋯レヴィっ!」

 瞳の奥が熱を持ち、零れ落ちた雫がレヴィの陶器のような肌を滑る。喪う恐怖に苛まれる少年の心は、しかし内側からの強烈な叱咤が繋ぎ止めた。


『泣いてる暇があんなら、聖石を握れ!』


 有無を言わさない強さを含む声が脳内に響き、ルティウスははっとして瞬きを繰り返す。濡れた目元を袖で乱暴に拭い、言われるがまま首元のペンダントから下がる蒼い石を握り締めた。

「レヴィ⋯!」

 喪失への恐れを噛み殺して、ルティウスは握った聖石へと魔力を込めていく。オストラの制御の下、その奔流は繋がっているレヴィへと直接流れ込み、花の褥に横たわる体躯が、微かな淡い輝きに包まれ始めた。


『⋯ったく、軟弱野郎が⋯⋯こんなガキのお守りがなきゃ保てねえとかよ⋯』


 実体などあるはずもないオストラの思念。しかしその声は脳内ではなく頭上から降り注いだように聞こえ、怯えるルティウスを宥めるように悪態をつき続けている。

「俺の⋯せいなんだよ、レヴィがこんな事になったのは⋯」

 少年の心に去来するのは、大きな後悔。

 軽率な行動で皆を危険に晒した上、自分を救うためにレヴィが癒え切らない傷を負った。

 祈るように握り締めた聖石へ魔力を込めながら、しかし指先は小さいけれど確かな異変に触れてしまう。

「⋯⋯⋯え、あれ?」

 蒼い輝きを湛えた小さな雫型の石。首元で揺らめく繋がりの証に刻まれた、微かな亀裂を指先でなぞった。

「うそ⋯⋯聖石に、ヒビが⋯⋯」

 それこそがレヴィの核の傷にも思えて、押し殺したはずの不安が再び音を立てて膨れ上がっていく。


『⋯ったく。世話の焼ける軟弱とクソガキだな』


 ぽつりと呟かれた文句の一言。しかし言葉とは裏腹に、オストラはルティウスへと助言を与えた。


『ルティウス、思い出しやがれ。この俺の知識を以て、初めて物質創造した時の感覚をよ』


 オストラに言われて、不安に歪んだ表情のまま懐へと手を入れる。

 根源に引きずり込まれ昏睡から目覚めた時、レヴィを安心させるために魔力を練り上げて創った、小さな指輪。

 手のひら転がり出た魔力の塊に視線を落として、ルティウスは思案する。


 レヴィのように精緻な魔力制御は出来なくとも、核の傷を補えるだけの結晶さえ生み出せれば⋯──。


 決意したルティウスは、懐から取り出した小さな指輪を握り締めて魔力を込めていく。

 何の変哲もない銀色の指輪は蒼く輝き、握る指の隙間から溢れ出すほどの強い光が視界を染め始めた。

「何、これ⋯?」

 次第に暖かな熱を持ち始める指輪は、その姿を変質させていく。飾り気すら無いただの輪は、その姿そのものが、聖石と見紛うばかりの蒼を湛えていった。

「⋯これ、聖石がそのまま⋯指輪になったみたいな⋯」

 首元で揺れる雫と並べてみても、違うのは形だけ。驚きと困惑に揺れるルティウスの脳内には、正解を語るオストラの声が響き渡る。


『ま、こんなモン、軟弱や俺にとっちゃ遊び半分てところだがな?初めてにしちゃ上出来だぜ?』


 初めて贈られた、素直な賞賛の言葉。意識の奥底で、まるで乱暴に頭を撫でられたような感触を覚えながら、ルティウスは変質させた指輪を握り込み、冷えきっているレヴィの手を取った。

「レヴィ⋯今度は、俺が絶対に助けるから!」

 白い大きな手を掴み、手のひらへ指輪を押し付けるとそっと指先を握らせていく。そのまま両手で、祈るようにレヴィの手を包み込んだ。

 首元の聖石は、今も小さな亀裂が入ったまま。しかしレヴィの肌に指輪が触れた直後から、傷そのものを守るように柔らかな魔力の膜が覆い始めた。

「⋯レヴィ、起きろよ⋯⋯⋯」

 オストラに導かれるまま、ただ一心に魔力を込めた指輪。どんな効果があるかも分からず、ただレヴィの意識が戻るのを待ち続けた。

 淡い白光を纏う大きな体躯は、やがて確かな体温を取り戻し始めていく。握り続けている手から伝わる温もりは、まるで核に傷が付く前のように暖かく感じられた。


『⋯もう十分だな。軟弱が目を覚ましたら、その輪っかを無理矢理にでも身に付けさせてやれよ!』


 脳内に響く声と、いつの間にか頼もしく感じていた気配は、その一言を残し、静かに遠退いていく。

 明らかに指輪の効果を知っているだろうオストラは、それをルティウスに教える事もなく、魂の深淵へと沈んでいった。

 直後、両手で握っていたレヴィの白い指先から、微かな震えが手のひらに伝わる。

「⋯ッ!レヴィぃっ!」


 戻ってこい⋯!


 強い想いを込めて名を呼べば、ぴくりとも動かなかった長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上げられていく。

 焦点の定まらない金色の瞳は戸惑うように揺れ動き、今にも泣きそうな少年の表情を捉えた。

「⋯⋯⋯ルティ?」

 耳に馴染んだ低い声に名前を呼ばれ、安堵したルティウスは大きな瞳からぽろぽろと涙を零していく。

「⋯よ、かっ⋯⋯レヴィ⋯っ」

 突然の泣き顔を目にして、レヴィは思わず狼狽えた。

「おい、ルティ⋯?どうして、泣いて⋯──」

 理由を問おうと口を開きかけたところで、レヴィは左手の中に握らされている魔力の存在に気付いた。

 暖かく、そして力強くも優しい、けれどどこか不安定な力の奔流。拳の中で息づく魔力は、まるでルティウスそのもののようにさえ感じられた。

「この小さな輪は⋯?」

 スペラの身体を花の上に横たえて、レヴィはゆっくりとその場に起き上がる。

 聖石と似た、しかし明らかに異なる指輪を凝視し、真贋を確かめるように竜の【眼】で深淵を探った。


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