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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十八話 Insidiae

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「⋯⋯ッ」

 ちらりと振り返り、ルティウスは後方に控えていたはずのレヴィへと視線を向ける。

「レヴィ⋯⋯?」

 両手を翳したまま、けれど地面に膝を着くレヴィの姿を目にして、ルティウスは蒼い瞳を見開いた。

「⋯レヴィっ!」

 咄嗟に身を翻し、意思に呼応する光の翼を羽搏かせてレヴィの元へと跳んだ。地面に片膝を付き、苦しげに表情を歪めているその肩へ手を触れれば、しかし返ってくるのは厳しい叱咤の声。

「⋯何故、途中で戻ってきた?」

「だって、レヴィが⋯!」

 同じように片膝を付いて見上げるルティウスの視界には、レヴィの額から滲む汗が映る。無理をしているのだと、一目で察してしまった。

「お前がやらなければ、あの娘は救えないぞ⋯」

 金色の眼差しはルティウスを通り抜け、魔法陣の中に囚われたままの少女へと向けられる。

「長引かせれば⋯あの魔法陣は、確実にあの娘の命を奪う⋯」

 首元の聖石は、今も輝きを帯びたまま。レヴィが、ルティウスでは気付かないほど緻密に魔力を操り続けているのだと、その輝きと表情から伝えていた。

 レヴィを案じるが故に立ち戻ってしまったルティウスは、伸ばした右手でレヴィの身体に触れ、一つだけ考えつく。

 それは脳内を駆け巡る、オストラから与えられた知識の一端。

 その場にしゃがみ込んだまま、レヴィの腕に触れていた右手を離すと、腰の後ろに下げていたもう一本の剣を掴む。柄を握りしめて鞘から引き抜き、逆手のまま静かに意識を集中させると、やがて剣は蒼い輝きを放ち始めた。

「⋯ルティ?」

 怪訝な表情を浮かべるレヴィへ、ルティウスは穏やかに微笑んでみせる。

「俺がさ、暴走しないように支えてくれてるから、レヴィに無理させてるんだろ?」

 安心させるように告げてから、ルティウスは右手に握った剣へ力を込めていく。レヴィによって制御されていた膨大過ぎる魔力を、分散させるように。

 そしてルティウスは、声には出さず脳内で、その存在に語り掛けた。

 カリエス戦でその身を使い皆を救った、魂の守護者たる思念へと。


『⋯ったく、この俺を便利に扱い過ぎなんじゃねぇのか?』


 頭の中に響く、静かで低い、頼もしくも粗暴な声。

 けれどルティウスの意思へ応えるように、レヴィにも劣らぬ魔力制御によって、溢れ続ける膨大な魔力は二本の剣へと広がっていった。

「ルティ⋯お前、またあいつに⋯!」

 気付かれないとは思っていなかった。だがルティウスはにこりと笑ってから立ち上がり、二本の剣を構えたままレヴィに背を向ける。

「レヴィ、俺の力の制御は、オストラに頼んだから!レヴィは、あの人を助ける事だけ考えててよ!」

 小柄な肉体を包み込む魔力の波動は、やがてレヴィの制御を離れ自立していく。核の傷へ響くほどの凄まじい力は、負荷を掛けるどころかレヴィすらも覆い、苦痛に歪んでいた表情は次第に元の冷静なものへと戻っていった。


 それこそが、ルティウスの意思であり願い。

 誰一人として苦しんだままにさせたくないという、一人の少年が抱く底無しの優しさの表れ。

 そしてルティウスに宿るオストラは、宿主の想いを汲み文句の念を伝わらせながらも、的確に根源の力を操作していった。


『両方の剣に分散しといてやる。軟弱の庭を汚してるあの闇を、一撃でぶち壊しやがれ!』


 脳内に響き渡る声は、まるで号砲のようにルティウスを弾けさせた。光を纏う剣を構えたまま地を蹴り、小さな背を照らす四枚の輝きを大きく震わせて、闇の魔法陣を破壊するべく二本の剣を振り下ろした。

 レヴィに支えられていた時とは比較にならない程の魔力圧によって、衝突と同時に剣先は地面へと叩き込まれる。魔法陣が刻まれていた土は爆ぜ、禍々しい力は瞬時にその色を薄めていく。

「⋯ッ!」

 爆発のように吹き飛ぶ地面と、辺りに舞い散る白い花弁。その光景を注視していたレヴィは、音を超える速度で飛翔し、ルティウスを追い越して爆発の中心へと飛び込んでいた。

 魔法陣の中心に浮いていた少女の身体は、即座に抱き留めたレヴィの腕に守られ傷一つ負っていない。そのまま空へと舞い上がるレヴィの姿を視線で追いかけたルティウスは、囚われていた女性の無事を認識して表情を緩めていた。

「大丈夫?その人、ちゃんと生きてる⋯?」

 全力を出すに当たっての懸念、それは彼女を巻き込んでしまう事だった。しかしルティウスが秘める力の大きさを把握しているレヴィが、出遅れる事などあるはずもない。

「衰弱しているが、無事だ」

 地上へと視線を落とし、金色の瞳を輝かせて魔力の残滓を確かめる。フィデス達が残る馬車の方向へと繋がっていた魔力も、その流れは途切れ空気中へと溶けるように霧散していた。

 闇の魔法陣は完全に潰え、事態が終息へと向かった事に安堵するレヴィだが、しかし魔法陣のあった場所を見下ろして溜め息を吐いていた。

「⋯しかし、お前もやらかしたな、ルティ」

 ゆっくりと降下しながら呟くのは、破壊された地面の有様について。

 ルナリス湖の畔に咲き乱れる、淡い輝きを放つ白い花。けれど破壊された一画だけは花々が抉り取られ、剥き出しの土が見えている。

 知らぬ間に花畑と化していたかつての『やらかし』の地で、今度はルティウスが救うための破壊を齎した。神でありながらもどこか因果を感じ、レヴィは苦笑を浮かべてルティウスの前へと降り立った。

「⋯うん。オストラが抑えてくれてなかったら、もっと大変な事になったかも⋯⋯」

 握っていた二本の剣を鞘に納め、ルティウスは全身から力を抜く。背中で輝いていた翼も光の粒となって消え去り、そこに立つのは小さくも大きな成長を遂げた、優しい少年の姿。

「花、ぐちゃぐちゃになっちゃったな⋯⋯」

 蒼い瞳が捉えるのは、無惨に散ったルナリスフローラの花達。スペラを救うための行動とはいえ、その果てに美しい景色を壊してしまった事を、心から悔いていた。

 そんなルティウスの隣に並び立ったレヴィは、スペラを両腕で抱きかかえたまま笑みを浮かべ、思いもよらない一言を告げる。

「この花は、この地に染み込んだ私の魔力を帯びているようだ」

「えっ⋯?」

 花々から湖までをぐるりと見回し、金色の【眼】で魔力を確かめたレヴィは、突如として全身に淡い水色の輝きを纏い始めた。

「⋯レヴィ?」

 首元の聖石が輝き、レヴィが何かを成すために魔力を使っているのだと悟る。

「なぁ、大丈夫なのか?これ以上無理したら、レヴィが⋯」

 苦しげに膝を着く姿を見たばかりのルティウスは、レヴィを案じて穏やかな表情を見上げる。しかし笑みを崩すこと無く、レヴィはルティウスへと返す。

「心配は無用だ。大した事をするつもりはない」

 言いながら金の瞳を、抉られた場所へと向ける。同時に側頭部から伸びる角が僅かに輝き、呼応するように湖面から水柱が立ち上っていた。

「うわっ⋯!え、湖が⋯?」

 魔力を帯びた水柱は弾け、剥き出しの大地へと局所的な雨となって優しく降り注ぐ。破壊によって窪んだ地面は余すこと無くそれらを吸い込み、水と魔力によって潤っていた。

「こうした芸当は、それこそフィデスの分野だがな。枯れ果てた訳では無いのなら、私にも可能だ」

 言いながらレヴィはその場にしゃがみ、曲げた膝でスペラの身体を支える。そうして空いた左手を翳すと、茶色い土の上に、ルナリスフローラの途切れた蔓がゆっくりと伸びていった。

「⋯すごい、花の根が⋯⋯広がってる?」

 じわじわと広がる薄緑色の根が、剥き出しの土を覆い尽くすまでそれほど時間は掛からなかった。朱に染まり始めた空へ向けて立ち上る蔓はやがて茎となり、先端には白い蕾を膨らませている。

 そしてルティウスの蒼い瞳には、夕焼けの光を浴びて白い花を咲かせる、小さくも美しいルナリスフローラの姿が映る。

「咲いた⋯⋯すごい、咲いたよレヴィ!」

 歓喜に満ち溢れた表情で振り返り、しゃがんだままのレヴィを見下ろす。破壊によって無残に散った、白い花よりも明るい笑顔を咲かせる少年を目にして、レヴィもまた満足気に微笑んでいた。

「⋯このくらいの、事は⋯⋯私に、も⋯⋯⋯──」

 しかしその一言は、最後まで紡がれなかった。

 蒼く輝いていた角も、背中に力強く存在していたはずの四翼も、まるで力尽きるように光の粒となって消え去り、美しい金の瞳はゆっくりと閉じられ瞼の奥に隠される。

「レヴィ⋯っ!」

 スペラを抱きかかえたまま、レヴィは白い花の中にその身を沈めていった。




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