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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十八話 Insidiae

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 地面の亀裂によって形状が崩れ、本来の力を既に失っていた闇の魔法陣は蒸発するように消え去り、魔力の残滓もまた空気へと溶けていく。

 同時に、全員の耳には遠くから鳴り響く爆音が届き、足元には微かな振動さえも伝わっていた。

「⋯⋯何だ、爆発か⋯?」

 異常事態かと焦りを滲ませるリーベルを他所に、魔力を感じ取れるゼフィラとジェロアもまた、爆音が聞こえた方角へと視線を向け、僅かに表情を綻ばせる。

「⋯⋯もしかしてぇ、甥っ子君かな?」

 確信は持てていない。けれど遠く離れた場所にあっても、爆音と共に届いた微かな魔力の波は、すぐ側で淀みを生む闇魔法とは似ても似つかない、暖かなものだった。

「殿下が、元凶を断って下さったのでしょう」

 怒りに我を失いかけていたゼフィラの表情は、既に元の、公女としての知性に溢れたものへと戻っている。

 次第に元の雰囲気が戻りつつある光景を目にして、フィデスもまた僅かな安堵を抱いた。

「⋯⋯レヴィ?ルティ君、ちゃんと力の制御、出来てないよね⋯?」

 普段のように呆れた一言をぽつりと呟くフィデスは、しかしまだ警戒を緩めてはいない。

 魔法陣は消え去っても、押し潰したセイレーンに纏わりつく闇魔法の気配は、まだ完全に消え去ってはいなかった。


『やれやれ⋯せっかく誂えた舞台を、壊されてしまったか』


 尚も聞こえてくる声は、落胆の色を滲ませながらも隠しきれない愉悦を含み、そして看過できない一言を最後に呟いていた。


『いいよ。なら今度は、直接私が迎えに行ってあげよう』


 不穏な発言を最後に、セイレーンの骸も群れていた魔物の死骸も全て、フィデスが生み出した大地の亀裂へと飲み込まれ、その場から完全に消失する。即座に亀裂を閉じさせれば、後に残るのは闇魔法の気配もない、元の静かな街道そのもの。

「⋯⋯ふぅ」

 事態の終息を見たフィデスは息を吐き、命を守るべく拘束していた三人を解放した。

 抱擁のように優しく、だがしっかりと肉体を捕らえていた岩の蔓は砂となり、サラサラと地面へ零れ落ちる。

 自由を取り戻した直後、ジェロアは真っ先に荷馬車へと振り返り、鞍を繋がれたまま戦闘の渦中に立たされていた二頭の馬へと寄り添う。

「⋯お前達、怖かっただろう?よく、頑張ったね」

 並び立つ馬達の鼻を優しく撫でれば、微かな震えが手に伝わる。やはり魔物の襲撃に怯えていたのは明らかだった。

 その後方、御者台に立つフィデスもまた、全身から力を抜き翼と角を魔力へと還す。見慣れた緋色の瞳を何度か瞬かせると、疲弊を露わにして御者台へと座り込んだ。

「あぁ~⋯今のボクじゃ、重力波はちょっとキツいねぇ⋯」

 言いながら小さな身体を横たわらせ、フィデスは御者台へと寝転がる。その声を聞いた二頭の馬は徐に後方へと首を曲げ、少女の姿をつぶらな瞳に映していた。

「⋯⋯⋯ん?お馬さん達、どうしたのかな?」

 大きな緋色の瞳を瞬かせて視線を交わらせ、馬達の意図を読み取ろうと試みる。人の姿であっても竜である事には変わりないフィデスには、彼らの想いは言葉がなくとも伝わっていた。

「⋯⋯へへっ、そっか。キミ達は、ご主人のジェロアおじさんが前に立ってくれたから、怖くても耐えてたんだね」

「⋯んぇ?俺⋯?」

 気の抜けた声を出すジェロアは、尚も馬達の首を撫でている。

「うんっ!この子達、おじさんを信頼してるみたいだよ!」

 まるでフィデスの言葉を理解しているかのように、二頭の馬は揃ってジェロアへと向き直った。

 ブルルと鼻を鳴らし、撫でている手に頭を擦り付ける様は、人と馬の仲としては稀有と言えるほどの信頼を見せつけていた。

「おぉ…お前達、ちょっ…待て!」

 二頭から同時に擦り寄られて、ジェロアは思わず体勢を崩してしまう。しかし後方へ転倒するより先に背を支えるリーベルが隣に立ち、馬の鼻を撫でるべく手を伸ばしていた。

「そういやジェロア、お前さん、昔っから動物に好かれやすかったよな」

 過去を懐かしむように茶化すリーベルだが、心当たりでもあるのかジェロアは空を見上げ、幼い頃の記憶を辿った。

「⋯あ~、うん。なんか、そんな気がするねぇ。やたらと野良猫や野良犬なんかも、俺にくっ付いて来た事あったかなぁ⋯?」

 どこか他人事のように語るジェロアを微笑みとともに一瞥し、すっかり元の嫋やかさを取り戻しているゼフィラは、ゆっくりと車台の中へ乗り込んでいく。

「積もるお話もありますでしょうが、ひとまず殿下とレヴィ様の元へ向かいませんか?」

 その一言をきっかけに、御者台に寝転んでいたフィデスもゼフィラに続いて、再び車台の中へと引っ込んでいった。

「そうだねぇ。スペラちゃん⋯だっけ?闇魔法の触媒にされてたんなら、レヴィでもすぐには動かせないだろうし、迎えに行ってあげよっ♪」

 ラテーレ村を出発したのは昼前だった。けれど青いはずの空は朱に染まり、時間の経過を全員に悟らせる。

「そうだな⋯。今のレヴィは、あんまり無理させられねぇだろうしな」

 ここで待っていても、あのレヴィならいずれルティウスとスペラを共に抱えて飛んでくる気もする。しかしそれだけの力すらも、本来なら控えさせねばならない。フィデスの診断はそれほどに重く、リーベルもレヴィの状態を理解した上でジェロアへと視線を向けた。

「了解。じゃあ、ちょっと寄り道して、合流した先で今夜は休んじゃおうか」

 憧れの歌姫を救いに行くために飛び去った、美しくも強い保護者。今の彼には星の雫を必要とするほどのダメージがあると知るジェロアは頷き、荷馬車を引く二頭の馬達を真っ直ぐに見つめた。

「もう少し、走ってくれるかい?」

 問われた二頭の馬は、まるで『聞かれるまでもない』と言わんばかりに嘶き、まだ御者台に乗り込んでもいないジェロアとリーベルを放って、ゆっくりと歩き出す。

「いや、ちょっと待て!俺達も乗せろよ!」

 慌てて馬車を追い、叫びながらリーベルは御者台へと飛び乗る。

「あっはは~!頑張ってくれるんだねぇ?これはもう、ご褒美を奮発してあげないとだねぇ~」

 笑いながらジェロアも駆け出し、伸ばされたリーベルの手を掴んで御者台へと乗り込む。無造作に座面へと引っ掛けられていた手綱を握り締めて、ジェロアは魔力を辿り方角を探った。

「ん~⋯⋯この方向、もしかして⋯?」

 ジェロアが手綱で行き先を示さずとも、何故か二頭の馬達は目指すべき方角へと向かっている。

 それはまるで動物の本能が、敬意を抱く上位者へと引き寄せられるかのように。


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