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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第三話

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20/26

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 レヴィの指示により所々で休憩を挟みつつ、長くもない旅路を経て、三人は間もなく中立都市ベラニスへと到着する。

 街の門へ辿り着く頃には、既に日が沈みかけていた。もう少し早く着いていればヴェネトスへ向かうための情報集めも出来たが、見かけるのは日中の職務を終え飲み歩く者ばかり。何かを尋ねられそうな人はそのほとんどが家に帰っているのだろう。その上、大河を渡る船の運航は夜になると止まってしまう。ならばと今夜の宿を決めるべく街中を散策する三人だったが、中心部にある広場で、顔を突き合わせ悩む事になっていた。

「……宿がどこも空いていない…」

「ボク、さすがに野宿はちょっと…」

「…………」

 レヴィだけは何故か終始無言で意見を出してこない。泊まれる場所が見つからなくても気にならないという事なのだろうか。

「どうしてこんなに満室ばっかりなんだろうね?前に来た時はこんなんじゃなかったよ?」

 グラディオス帝国がある東の大陸と、ヴェネトス公国がある西の大陸。その境を流れるカレント大河。ベラニスはそんな大河の上に建造された特殊な街であり、東西の陸を繋ぐ渡し船もある。そのため人の往来がとても多く、比例して宿も多いはずだが、何故か今日に限ってほぼ全ての宿に空室が無かった。

 皇子として生まれ、寝床に困った事など今まで一度も無いルティウスは、人生で初めて路頭に迷うという経験をする事になっていた。

「…とりあえず、宿の事を考えつつどこかで食事にしようか…」

「そうだね。ここで考え込んでも宿は空かないもんね」

 半ば諦めの境地で三人は飲食店を探して再び街をさ迷う。仮にも皇族であるルティウスは、金に困る事はない。国を出る際も突然ではあったが、懐にそれなりの額を所持していた。足りなくなれば売却の出来る品も幾つか身に着けている。値段の事を一切気にせずに店を選べるという強みを生かして通りを歩いてみるが、これと言って惹かれる店にはなかなか出会えなかった。

 動き始める前に何を食べるかだけでも決めておけば良かったと小さな後悔を抱き始めたその時、三人の耳にどこかから人の叫び声が届く。

「…何だ今の、悲鳴?」

 声が聞こえた方へ視線を向ける。僅かに人だかりが出来ており、何か問題が起きているのは一目瞭然だった。

「ちょっと行ってみよう」

「待てルティ、面倒事に首を突っ込むな」

 さっさと駆け出してしまうルティウスの静止を試みるが、レヴィには止められなかった。気付けば既に、少年の姿は人垣の奥へ潜り込んでいる。

「………全く」

「レヴィがなんだか、苦労人みたい」

「黙れ」

 軽口を叩き合ってから、二柱(ふたり)の竜神も少年の後を追う。人の波を掻き分けて辿り着いたその先では、ルティウスが一人の女性の前に立ち腰の剣へ手を掛けていた。

「おいこのガキ!さっさとその女をよこせ!」

「彼女は嫌がっているだろう?」

「うるせえ!痛い目見たくなかったら邪魔すんな!」

 まるで女性を守るように立ちはだかるルティウスの目に揺らぎは無い。真っ直ぐに怒声を発する男を睨み付けている。

「何事だろうね?」

「…さあな」

 その光景からして、ルティウスがトラブルの仲裁に入ったように思える。こんな事をしていたら目立つだろう…そう諭したいレヴィの気持ちは、実直過ぎる少年にはなかなか届かない。自然と溜め息が零れていた。

「あの子、大丈夫なのか?誰か自警団呼んでこいよ…」

「騒ぎを聞きつけてすぐ飛んでくるだろ」

「アイツって、フラーマから流れてきたとか言うゴロツキだろ?酔って暴れるとか迷惑だな…」

「あっちもこっちも治安が悪くていけねえや」

 成り行きを見守る構えのレヴィ達の耳に、周囲の人々の話し声が聞こえてくる。ルティウスに怒鳴り散らす男は南西の国フラーマから来た者との事。顔が赤いため酒に酔っているのはすぐに察した。特に不審な魔力を帯びている訳でもなく、どこかの国で正式な軍役に就いていた風貌でもないただの酔っ払いが、今のルティウスに敵うはずも無い。一目で看破出来るほどに、実力の差は歴然だった。

 しかし彼我の強さを正しく認識出来ていない男は、怒りに目を血走らせたまま手に持っている剣を構え、ルティウス目掛けて突進していく。周囲から悲鳴じみた声が響く中、最低限の動きで男の突進を躱し、剣の柄を男の腹部へと叩き込んでいた。

「ぐっ…お……」

 短い呻き声を上げながら地面に崩れていく男は、そのまま意識を失った。

 当然の結果だ…レヴィとフィデスは揃って頷き、倒れ伏す男を見て呟いた。

「「愚かだな」」

 抜剣する事もなく一撃で男を圧倒したルティウスは、すぐ側で地面に座り込む女性へ向き直り、手を差し伸べた。

「大丈夫でしたか?」

「あ、はい……あの、ありがとうございます」

 差し出された手を取り礼を告げる女性。華やかな雰囲気を纏うその人物は、ルティウスに手を引かれてゆっくりと立ち上がる。

「おい、これはなんの騒ぎだ!」

 その時、少し離れた場所から数名の男達が現れた。おそらく、人々が話していた自警団とやらだろう。揃いの腕章を着けた三人組が、人だかりをものともせずにルティウス達の傍へと近付いていく。

 自警団と思しき者達の纏め役であろう。三人の中で年長らしい見た目の男が、帯剣しているルティウスへと声を掛ける。

「ここで何があったんだ?あいつをやったのはお前か?」

 状況を拗らせてはいけないと、人の影から成り行きを見守るレヴィとフィデス。落ち着き払ったレヴィに対して、フィデスは少しだけ不安げな声を漏らす。

「……ねぇ、ルティ君、あのまま暴行の現行犯とかで連れてかれちゃったりなんて……」

「無いだろう。先に仕掛けたの自体、あの愚かなゴロツキの方だ。証人もそこら中にいる」

「大丈夫かなぁ…………」

「万が一ルティを捕縛などしたら、私が力ずくで奪い返す」

「やめなよ?レヴィなら本気で、報復しながらやりそうで怖いよ」

 そして二人はまた、静かに彼らの様子を見守る。ただしフィデスは、隣に立つ同胞から放たれる殺気のせいでそれどころではなかったけれど。

「あっ、リーベルさん?」

「ん?何だ、テラピアちゃんか!」

 声を掛けてきた男と、ルティウスが助けたらしい女性が親しげに名を呼び合う。

「彼は私を助けてくれたんです。あの人に絡まれてしまって……」

 テラピアと呼ばれた女性は、視線を倒れている男へと向ける。リーベルと呼ばれた男もその視線を追い、状況を確認するように再び視線を戻す。

「…確かに、気絶させたのは俺です」

「…………まぁ、怪我の一つもしてないしな。テラピアちゃんを助けてくれたのなら俺達からも礼を言わないとな?」

 そう呟いてから、リーベルは連れ立ってきた二人へ目配せをする。ただそれだけで意図が伝わったのか、倒れている男を担ぎ上げてどこかへと去って行った。

「さぁ騒ぎはお開きだ!散った散った!」

 パンパンと手を叩きながら声を張り、集まっていた人々を瞬時に解散させていった。その手際の良さは、こうした揉め事の対処に慣れている者の証明。人々が話していた自警団で間違いないのだろう。

 あっと言う間に人だかりは雑踏へと溶けて居なくなり、その場にはテラピアとルティウス、見守りに徹していたレヴィとフィデス、そしてリーベルだけが残っていた。 

「…………ルティ」

 落ち着いた所で、レヴィが底冷えしそうな程に低い声でルティウスを呼ぶ。ビクリと肩を跳ねさせたルティウスは恐る恐る振り返り、必死の苦笑いを浮かべるしかない。それ程までに、レヴィは静かに怒っていた。その隣に並ぶフィデスもまた、手に負えないと言った顔で苦笑いをしていた。

「ん?なんだ、そっちはお前さんの連れか?」

「あ、はい……えっと…」

「あぁ、悪かったな。俺はリーベル。この北区エリアの自警団を預かってる。よろしくな!」

 快活な印象を与える口調で話すリーベルに応えようとして、けれど言葉を詰まらせてしまう。彼の声や表情に、どこか懐かしさを覚える。そして名前にも聞き覚えがあるような気がした。どこかで出会った事があるだろうかと記憶を辿るが、思い出せはしなかった。

「私はテラピアです。あの、助けて頂いてありがとうございます」

 テラピアと名乗る女性が、礼を言いながらルティウスに向けて頭を下げる。

「いや、俺は大した事はしていないので…どうか頭を上げて下さい」

 感謝される程の事をしたつもりは無い。ただ見過ごせなくて勝手に介入しただけ。そう言おうとしたけれど、リーベルの視線に気付いて言葉を途切れさせた。

「なぁ、お前さん…さっき、そっちの連れから『ルティ』って呼ばれたか?」

 その問いに心臓が大きく跳ねた気がした。グラディオスの皇子であるとバレたら面倒だと思い、はぐらかす方法を思案する。この愛称を知る者は多くは無いが、気付く人は居るかもしれない…と、自身の行動を省みる。だから素性を知っているレヴィが怒っていたのだと納得してしまう。

 心の中でレヴィに謝りながら、どう誤魔化すべきか考えていたルティウスの身体は、しかしリーベルによって抱きしめられていた。

「……えっ?」

「無事だったんだな……良かった!」

「えっと、あの…………」

「そうか、まだ赤ん坊だったもんな、覚えてる訳がないよな!」

「俺の事を……知ってる?」

 突然の出来事に、ルティウス本人はおろかフィデスもテラピアも驚愕に目を丸くしている。何故かレヴィだけは、全身から殺気が駄々漏れになっていた。

「ルティ……サリア姉さんは息子の事を、いつもそう呼んでいたからな」

「姉さん……え、母様の……えっ?」

 ルティウスの脳内は混乱の極地だった。亡き母に弟がいた事は知らされていない。けれど言われてみれば、どこか母と似た面影があるようにも思える。リーベルの事を懐かしいと感じたのはそのせいなのだろうかと、困惑の中で必死に考えた。

「ルティの身内なのは理解した。まずは、その腕を離せ」

 そしてこの状況をさらに拗らせかねない過保護な竜神が、リーベルに向けて手をかざしている。今にも攻撃魔法を放ちそうな殺気を瞳に宿らせたレヴィは、既に指先へ魔力を溜め始めていた。

「バッ…レヴィだめだ!ここ、街の中!」

「さすがにダメだよ!抑えてよ?」

 ルティウスは慌ててリーベルの腕を振り解きレヴィの静止を試みる。同様に慌てるフィデスも、ルティウスと並んで止めに入る。二人の説得によりどうにか宥められ事なきを得たが、第二のモア事変が勃発するかと二人は肝を冷やす事となった。



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