0016
気付けば外は日が傾いており、夕飯の準備が終わるまで休めるようにと、泊まる部屋へ先に案内された。
二階への階段を上がり通された部屋の中を見て、ルティウスは絶句する。少し広めではあるが、それでも部屋にベッドは一つしか置かれていなかった。
「……なぁ、まだ遊ばれてるのか?」
「いや、本当にここしか無いんだよ」
「そ、そうか……」
「じゃ、ゆっくりしててね~」
言い捨てて逃げるように去っていくフィデスをどこか恨めしそうに見送り、再び視線を部屋の中へ向ける。壁際で存在を主張している、どうにか二人で寝られない事もないだろう大きさのベッドが嫌に目に付いてしまう。
どんなに大人だと自負していても、ルティウスはまだ十八歳。何かと多感な年齢である。
「…道中、魔物への警戒で気を張らせていただろう。少し横になって休んでおくといい」
特に何かを気にした様子もないレヴィが躊躇いなく部屋へ入り、ベッドの縁に腰を下ろす。視線はルティウスへ向けたまま、手がベッドをトントンと叩いている。まるでこちらへ来いと誘うかのように。
「……まぁ、そうなんだけどさぁ…」
本日何度目か分からない溜息を吐いてから、扉を閉めて部屋の奥へと進む。腰の剣を外し傍らの壁に立てかけ、レヴィが座っているベッドの方へと向かう。既に膝枕もされていて、止むを得ない状況ではあったが抱き締められた事もある。同じベッドに座るくらい何でもない事…そう考えているはずなのに、何故か言い知れぬ緊張がルティウスの全身へ広がっていた。
「……どうしてそんな所に突っ立っている?」
「い、いや……」
距離感のおかしい竜神は、戸惑うルティウスの腕を掴み強い力で引き寄せる。突然の事にバランスを崩して倒れ込むルティウスだが、難無く受け止められそのままベッドの上へと転がされた。
「ちょっ、いきなり何を……」
「いいから目を閉じろ」
無理矢理ベッドへ寝かされた状態のルティウスが文句を言おうとするも、レヴィの手がそれを遮る。頭を撫でながら目元を覆い、室内に差し込む夕暮れの強い陽光から守るように宛てがわれた。
「いや、別に眠たくはないんだが」
「それでもだ。目を閉じていれば、いずれ眠りに落ちる」
「まだ靴も脱いでないのに……」
「気にするな、脱がせておく」
「だからまたそういう意味深な……」
何をどう言っても返され、諦めの境地に至る。長い時を生きる神に言葉で勝てる確率は極めて低いだろう。
身体から力を抜き、言われるがままに瞼を閉じる。すると不思議な事に、それまで感じていなかった疲労と眠気が全身を包もうとしている感覚に陥る。
「……れ、ヴィ…………」
「……ん?」
「あんた、も……ちゃんと、やすめよ……?」
「あぁ、分かっている」
目元を覆うだけだった大きな手が、ゆっくりと頭を撫でていく。優しい手の動きと連動するかのように、ルティウスの意識は徐々に沈んでいく。低く穏やかな声は子守唄のようで、訪れる眠気へ抗う意志を消し去ってしまう。直後、ルティウスは静かで規則正しい寝息を立て始めた。
「……手のかかる子だ」
ルティウスがかなりの無理をしていた事は、レヴィには一目瞭然だった。枯渇寸前まで消耗した魔力が全快するのも待たずに出発し、道中ではまたもや無意識に防御や感知の魔法を発動させていた。その上魔物が出現すれば真っ先に飛び出し、得意の魔法剣を駆使して戦い続けた。
気掛かりはあるものの、こうして身体を休められる場所へ立ち寄れたのは幸運だろう。宣言通りルティウスの靴を脱がせて床へ置き、高価な素材で作られているのが一目で分かるコートも脱がせて、傍にある椅子の背凭れへ掛けた。最低限、眠るに相応しい状態にはしてやれただろう。
足元に畳まれていた毛布を広げて小柄な身体に掛けると、さらに寝顔が穏やかなものへ変わった気がした。
安らかな寝顔を見下ろしながら思案するレヴィは、自身の首元に着けているペンダントの一つを外し、眠っているルティウスへと器用に着けていく。
細い紐の先には、青い雫の形をした小さな石が取り付けられていた。
「これで……お前の負担を少しは減らせるといいが……」
起きた時にこの石の説明をして、どんな反応を見せるのか楽しみに思いながら、レヴィもまたルティウスの隣で身体を横たえる。
大人だと言い張っていても、寝顔だけを見ればまだ幼い子供と思える。この子に何もかもを頼る事しか出来ない己の現状を、レヴィは許せずにいた。
かつて短い時間を共に過ごした『彼女』と似た雰囲気、そして似た魔力を持つ、若く健気なこの少年。守る為ならば、今度こそどんな事でもしよう…そう心に決めていた。




