0159
「ゼフィラちゃん達が朝メシ食うのに待ってんぞ~⋯⋯って、うぉい!レヴィこの野郎、朝っぱらから何ルティウスに引っ付いてやがる!」
扉の影から顔を覗かせたリーベルが、憤怒の表情を浮かべてレヴィへと怒鳴り散らしていた。
耳元で僅かに舌打ちの音が聞こえると同時に抱きしめる腕の力が緩められ、ルティウスの身体はようやく解放される。
「オジサン~、邪魔しちゃダメだよ~?レヴィはルティ君に甘えたい年頃なんだからぁ」
「「年頃って⋯何だよ?」」
ルティウスとリーベルが抱いた疑問は、同時に口から溢れ出てしまう。血筋のなせる技か、その声は見事なまでに揃っていた。
「何千年も生きてて年頃もクソもあるか!」
怒り心頭なリーベルがルティウスの腕を掴み、そのままベッドから引きずり下ろしてレヴィの元から奪い取る。抵抗されるかと思いきや、レヴィは大人しくルティウスをリーベルの元へと送り出し、けれど表情だけは不機嫌なままだった。
「ルティウス、朝メシ行くぞ!ったく、油断も隙もねえなレヴィの野郎⋯」
「っと⋯レヴィ、先行ってるよ!」
叔父に肩を抱かれ連行されながらも、ルティウスはきっちりとレヴィへ声を掛けてから部屋の外へと連れ出されて行った。
そうして部屋の中に残されたレヴィは軽く息を吐き、少しだけ楽しそうに金の瞳を細めている。
けれどフィデスは、そんなレヴィを真剣な表情で見つめていた。
「⋯⋯レヴィ、ルティ君にウソついたよね?」
「なんの事やら⋯」
視線を逸らし、ゆっくりとベッドから降りようとするレヴィの動きは、フィデスの一言でぴたりと静止する。
「レヴィ、震えてるじゃん⋯」
付き合いの長いフィデスだからこそ見抜いた、レヴィに起きている異常。誤魔化すように今度こそその場に立ち上がったレヴィは、フィデスの指摘を物ともせず部屋を出ようとしていた。
「核の傷のせいだよね?」
扉の前で再び動きを止めたレヴィの背中を見上げながら、瞳に金色の輝きを浮かべるフィデスが問い掛ける。
「⋯ボクら竜は、分身体でも本体とあまり変わらない。だから温度の変化にも、特に影響は受けないよ⋯⋯」
それは確信に満ちた憶測。
現に目の前で、古き友は僅かにその身を震わせている。
「核の傷のせいで⋯人と同じように、ううん⋯⋯人よりも顕著に、暑さ寒さに弱くなったんじゃないの?」
「⋯⋯⋯⋯」
レヴィは否定も肯定もせず、無言で背を向けたままじっとしていた。
「ホントは、レヴィが寒さに耐えられなくて、ルティ君のところに⋯──」
「ルティには言うな」
フィデスの声を遮り呟かれた一言。それは肯定を意味しているのだと、考えなくても分かってしまった。
「⋯この異常が核の傷のせいだというのなら、知ってしまえばルティが気に病む」
ゆっくりと持ち上げた左手を強く握り締めて、俯かせていた視線を上げながらフィデスへと振り返る。
かつてはこの世界に於いて最強と謳われた、稀有な力を持って生まれた白き水竜レヴィ。
見るもの全てを魅了し畏怖させた美しい金色の瞳は、かつての威容を感じられないほどに弱々しく、だからこそ切実さを含んだ眼差しで古き友を見据えていた。
「⋯⋯あの子に、これ以上⋯背負わせたくはない」
「レヴィ⋯⋯⋯」
気付かせないためなら、嘘を吐く事も厭わない。いつかは勘付かれてしまうのだとしても、それまでは嘘で塗り固めてしまえばいい。
例えそれで悪態をつかれたとしても、元気に叫んでいられるのならそれで構わない⋯それがレヴィの辿り着いた結論だった。
「幸い、私がベタベタくっ付いたところで、ルティもリーベルも騒ぐだけだからな。気付かれる事は無いだろう」
「⋯そ、そうかもしんないけどさ!」
金色の瞳には、もう弱々しい輝きは見られない。まるで開き直ったかのように愉悦に歪ませた表情を浮かべて、その視線をルティウス達が消えて行った扉の外の通路へと向けている。
「⋯私からルティを攫ったリーベルに、仕返しをせねばな」
言いながら踵を返し、レヴィもまた部屋から出て行った。
残されたフィデスは両手を握り締め、悔しげに唇を噛んで俯いていた。
「⋯レヴィ、なんっで⋯また⋯⋯頼ろうとしないんだよ」
千年前もこうして、独りで全てを抱え込み、最も大切な存在を失った。そんなレヴィの過去を知るからこそ、フィデスは激しく憤る。
今度こそ不本意な『終わり』を迎えさせないために、土の竜神は心の中で奮起した。
「⋯ちゃんとボクにも頼らなかったら、ルティ君に勝手にバラしてやるんだからねっ!」
封印されている今のままでは、レヴィのために出来る事は限られている。けれどフィデスもまた、独りではない。
全てを巻き込んで、決してレヴィを独りきりにはさせない⋯。
それがフィデスの決意だった。




