0157
しばらくの間、リーベルはそのまま黙り込んでいた。対してジェロアは、変わらず酒を注いでは飲んでを繰り返している。
「星の根⋯⋯⋯根源⋯?」
カリエスとの戦いの際に見た、甥の驚異的な力。そしてウェンティもまた『根源の力』と言っていた事を思い出す。
ジェロアが示した『星の雫』という秘宝でさえも、ルティウスの存在が鍵となるのが明白だと、考えるほどに否定出来なくなっていく。
「⋯あの子に、どんだけ背負わせなきゃなんねぇんだよ」
聞き取られる事も無いようなごく小さな声で呟くのは、ルティウスに全てを押し付けなければならない現実への苛立ちと、肩代わりしてやる事も出来ない己の無力に対する怒り。
「⋯何か言ったか?」
「何でもねぇよ。独り言だ」
再びグラスを手に取ったリーベルは、勢いのままに酒を飲み干した。けれど注ぎ足そうとボトルを持ったところで、既に空になっている事に気付いた。
「⋯っと、悪いな。もう飲み切っちまったみたいだ」
空き瓶と化したボトルを持ち上げて申し訳なさそうに告げるも、ジェロアは気にした素振りもなく微笑んで首を横に振っていた。
「いいんだよ。リーベルに飲ませて空っぽにならない方が、逆に心配になるってもんだ」
「⋯ジェロアよぉ、一体俺を何だと思ってやがるんだ?」
「何か間違えた事言ったか?」
「⋯この野郎」
付き合いの長さからか、遠慮などあるはずもないジェロアの反応に、リーベルもにやりと笑みを浮かべる。
「まだ飲むか?なんならもう一本、秘蔵のがあるんだけどよ?」
心惹かれる誘いに、リーベルは一瞬だけ揺らいだ。けれど自制して首を横に振り、ソファから立ち上がる。
「いいや、そろそろ控えとかねえとな⋯」
「⋯⋯⋯大丈夫か?お前もどっか悪いのか?」
「違えよ!」
薄暗い室内に、二人の笑い声が響き渡った。
壁に立て掛けていた長剣を背に携え、帰る意思を見せると、それまでよりも真剣な表情をしたジェロアがぽつりと呟いた。
「⋯甥っ子君、大丈夫なんだよな?」
唐突な一言に、部屋を出ようとしていたリーベルも立ち止まる。ゆっくりと振り返り、真意を確かめるように視線を向けた。
「サリアさんの、息子なんだろ?あの時、あの場に居た第三皇子がずっと辛い目に遭ってたってのは⋯俺も噂で聞いてるんだ」
旧友が何を危惧しているのかは、言われずともリーベルは察していた。
姉の死という報せを受けたリーベルが、悲しみのあまり酒に溺れていた頃、幼いルティウスはたった一人で帝国の中枢に居た。救い出しに行く事も出来ず、ただ無事であれと祈るだけの日々だった。
そのうちに、ジェロアは中立都市ベラニスをも離れ、こうして辺境のラテーレ村へと移り住んでいった。
あれから十年。
甥の隣には、きちんと寄り掛かれる相棒が存在している。
ただそれだけで安心出来てしまった自分がいる事を、リーベル自身も認めている。
「⋯大丈夫さ。あの子には、保護者が付いてるからな」
「保護者⋯?リーベルの事じゃなくてか?」
「ああ」
そうして思い返すのは、レヴィが過剰なまでにルティウスへと纒わりつき、そしてルティウス自身も困惑しながらもレヴィの過保護を受け入れている、仲の良い二人の様子だった。
「さっきの、星の雫だったか⋯?そいつの事は、その保護者の方に必要かもしれなくてな。戻ったら伝えてみるわ」
「おいおい⋯星の雫が必要な保護者って何なんだよ?」
どうやら、旧友の好奇心を刺激してしまったようだ。
逃げるように部屋から退散するも、即座に追い付かれたジェロアに送られて玄関まで出てきたリーベルは、今一度振り返り笑みを浮かべた。
「なぁ、リーベル」
「あん?」
「まだ少しは、村に居るんだろ?」
「そうだな⋯⋯⋯ていうか宿、何日で押さえたんだあのお嬢ちゃん達⋯」
腕を組み、ラテーレ村の滞在日数について考えを巡らせてみる。けれど宿の手配をしたゼフィラからも付き添っていたウェンティからも、正しい日数は聞かされていない。
「ならさ、甥っ子君に会いに行ってもいいかな?」
「⋯⋯⋯お前、下心が丸見えだぞ」
「へへっ」
十代の頃から共に過ごしていたリーベルだからこそ、ジェロアがひた隠しにしてきた想いも知っている。
この旧友は、姉のサリアに憧れ、想いを寄せていた。
けれど帝国の皇妃となるべく嫁いだ時に、幼きジェロアが抱いた初めての恋心は儚くも砕け散る事になった。
そして十年前にベラニスを離れたのも、サリアとの思い出が残る街に居られなかったからという理由も、リーベルは理解している。
「⋯噂で聞いてるんだ。第三皇子君は、皇妃にそっくりだ、ってな?」
「来んな。あの子におかしな理由で近寄ろうとすんじゃねえよ」
「えぇ~?ちょっとくらいいいだろうよ!」
なかなか引き下がらないジェロアを止めるのは、ルティウスを守るためでもあったが、何よりも旧友の無事が保証出来そうにないからだ。
リーベルの脳裏に浮かぶのは、感情の全てを削ぎ落としたような冷酷な目でジェロアを見下ろす、ルティウスの守護神たるレヴィの姿ばかり。
今まで以上に、それこそ部屋で飲んでいた時以上の切迫した表情を浮かべ、旧友の肩に手を置いたリーベルは、真剣そのものの声音で忠告した。
「いいか?あの子の保護者はな、物凄くおっかねえぞ?ルティウスにちょっかい出そうモンなら、消されるどころじゃ済まんからな?」
「⋯え、は?どういう事?」
肩に置いていた手を離し、そのまま歩き去ろうとするリーベルはもう一度、釘を刺すように言い残した。
「いいか!マジで来んなよ!」
「おい、リーベル?何でなんだよ、もっと詳しく⋯」
呼び止めようと試みるが、既にリーベルはジェロアの家から逃げるように去っていった。
「全く⋯相変わらず騒がしいな、リーベルは」
久方ぶりの旧友との再会は、それこそ『彼女』が示した通り。
だからこそ『星の雫』に関する文献を探し回った。
必ず必要になるはずだ⋯と。
「サリアさん、これで良かったんだよね?」
家の中に戻ったジェロアは、リーベルを通した客間ではなく自身の寝室へと向かう。隅に置かれた机の引き出しに仕舞われていた一通の古びた手紙を取り出し、悲しげに笑った。
「全部、サリアさんの言う通りになるんだな⋯本当に、凄い人なんだな、彼女は」
手紙の差出人。そこに書かれているのは、サリア・フォンスという旧姓のまま。
十年前、第二皇妃の崩御後にジェロアの元へ届けられた、ルティウスの母からのものだった。




