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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十四話

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 そしてこの夜から早速、レヴィによる指導は開始された。

 集まっていたウェンティやフィデス達も解散し、元より二人部屋だった宿の一室にて、レヴィの厳しい指摘が飛び続けている。

「集束が甘い」

「…ぐぅ、くっそ!」

 レヴィが課したのは、小さな水滴の生成と維持だった。

 水の神の加護を受けたルティウスは、水属性との親和性が高い。そうした理由から初歩として選んだ課題だが、常人を遥かに超える膨大な魔力量を誇るルティウスがそのまま操ろうとすれば、水滴で済むはずも無い。油断すれば村を水の底に沈めかねない中での精密な制御は、基礎として十分な効果を発揮する…レヴィはそう考えていた。

「ほら、水滴が大きくなってきてるぞ」

「えぇ…?いや、変わらなくない?」

「変わっている。魔力を注ぎ過ぎだ」

 繊細なようで、実はルティウスが大雑把な性格だという事実が、初めて露見された。

 椅子に座り少年の奮闘を監督するレヴィ自身も、左手の指先から同じ水滴を生成し維持し続けている。その大きさが変わる事も、水滴が揺らぐ事も無く、完全なる一定の静止状態が続いている。

「見比べてみろ、お前と私の違いを」

「……くっそぉ…!」

 あれから干渉される事などない。けれど魂の奥底から、オストラが腹を抱えて笑っている声が聞こえたような気さえする。そうして余計な事を考えていると、目の前のレヴィが見抜いたように鋭い檄を飛ばしてくる。

「集中が切れているぞ」

「うっ…」

 ほんの僅かな気の緩みさえも見逃さずに指摘されてしまい、ルティウスの精神は初っ端にして疲弊し始めていた。

 魔力が枯れればそれで終わったかもしれない制御の特訓。しかし膨大な魔力量だからこそ、極少の消費しか伴わない水滴の維持という課題は永遠に続く気さえした。

「何で…レヴィのはそんな、ぴくりとも動かないんだよ?」

「私は神である前に、水竜だぞ?この程度、息をするのと変わらない」

「ずるいっ!」

「ずるくはない」

「ちくしょう!」

 癇癪を起こす子供のように喚くルティウスに、思わず笑みが浮かびそうになる。しかしレヴィは笑いそうになるのを堪え、的確に魔力の流れを注視していた。


 カリエスとの戦いの時、オストラはルティウスの身体を乗っ取っていた。そうした干渉が行われないかという監視も含んでいる。

 自身と同等の制御能力を持つオストラが介入してしまえば、この指導すらも意味が無くなる。自分への嫌がらせに全力を出しがちな弟竜の思念を警戒しつつも、ルティウスの奮闘を見守り続けていた。


 そうして数時間が経ち、疲労困憊になったルティウスはベッドの上へと転がっていた。

「こんな、に……きつい、ものなの…?」

 魔力が枯れるような事態にはなっていない。だが制御に伴う精神の摩耗は計り知れないもの。慣れていないルティウスにとっては剣を振るうよりも疲労を伴うものだった。

「まだ基礎以下の段階だぞ」

「ふえぇ~……」

 情けない声を出して転がっているルティウスだが、天井を見上げるその瞳には強い意志が宿っている。

 どれだけ疲弊していても、まだその心は折れていないのだと、レヴィにも知らしめるほどだった。

「今日はもう休んだ方がいい。無理に続けたところで、集中力が続かなければ意味はない」

 寝転んでいるベッドの端に座り、柔らかい緋色の髪をそっと撫でる。余程集中していたのか、額には薄らと汗も滲んでいた。

「でも、まだ…!」

「適度にしておけ」

 指導が終われば、レヴィは元の優しい表情に戻っている。そして無理を押し通そうとするルティウスを諫めた。

「ルティの決意は分かるが、お前自身も相当な無理をした後だ。オストラなんぞに身体を使わせるなど、自殺行為にも等しい」

「……そうなの?」

 ごろりとレヴィの方へ身体を向けて、少しだけ冷たい目をしたレヴィの表情を見上げる。

「当然だ…奴の目的は私への嫌がらせなのだろう?ルティの身体を乗っ取るなど、人質に取られているようなものだ…断じて許せん」

 レヴィは正確に、オストラの意図を読み取っていた。結果として窮地から救いはしたが、それもまた恩を売っただけに過ぎないのだとレヴィは思い込んでいる。

 意識の深層で話したオストラは、酷薄だが優しい笑みを浮かべていた。本当にレヴィを救おうとしたのだと、自身の内に宿るからこそ本心は感じ取れていた。

「ん~…そんなに酷い事は考えてなかったみたいだけどなぁ…」

 そうして感じた事だけを呟いてみるものの、レヴィは苛立ちの滲む目をしてルティウスへと詰め寄った。

「あんな奴に絆されるな。騙されているだけだ!」

 何故か必死の形相で睨み付けてくるレヴィを見上げても、怖いとは感じない。その様子はまるで…――。

「…もしかして、嫉妬してんの?」

 純粋な疑問としてルティウスは尋ねている。だがしばらく沈黙した後、ルティウスの頭には枕が押し付けられていた。

「わぶっ…!」

 無言のままレヴィは傍らに置かれていたベッドの枕を片手で掴み、真上から後頭部へと叩き付ける。そのまま体勢を崩しベッドに沈められたルティウスは文句を言おうと枕を跳ね除けるが、視界に映る表情を見てその気は霧散した。

「……何すんっ…――」

「…………」

「…レヴィ?」

 困惑に表情を歪め、白い肌が僅かに紅潮しているように見える。

 図星かと問いたかったが、言葉にすれば再び枕を押し付けられるのが分かり、ルティウスは何も言わなかった。

「…ったくもう!レヴィの方が子供っぽいじゃんか」

 ゆっくりとベッドの上に起き上がり、沈黙しているレヴィの正面に座る。しばらく視線を交わらせた後、レヴィの胸元へと頭を押し付け凭れ掛かった。

「…心配するなって。もう、オストラに頼らなくてもいいように、俺が頑張るからさ」

「……ルティ」

「あんたの核の傷も全部、俺が治してみせる。レヴィが俺を助けてくれたみたいにさ」

 言いながら、ルティウスはそのまま全身でレヴィへと寄り掛かった。

 不安がるレヴィはこうして、手の届く距離に居れば安心するのだと、もう分かっているから。

「……偉そうな事を言う前に、あの程度の初歩くらいは容易く維持できなければ話にならないぞ」

 挑発するように言うレヴィは、しかしどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。


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