0153
「ん~………」
ルティウスとレヴィが目覚めた後の、静かな夜の事。
部屋に響き渡るのは、フィデスの唸り声。
「どうだ、フィデス?」
大きな緋色の瞳に金の輝きを浮かべてレヴィを『視』る少女は、ルティウスに話し掛けられても表情を顰めたまま。その光景を見守るゼフィラとウェンティもまた、じっとフィデスの『診断』が終わるのを待っていた。
「……普通はさ、ボクら竜の核は傷が付くコトなんて無いんだよ。だからどう変化があるのかって、ボクにも分からないんだよねぇ」
部屋に集まり、話し合われたのは今後の道程ではなく、レヴィが未だ負い続けている核の損傷についてだった。
「竜の核はね、それこそボクらにとっては命そのものなんだ。今のレヴィやボクは分身体だけど、機能としては本体と変わらないんだよね」
膨大な魔力を司る核の重要性は、ルティウス自身も知っている。
ベラニスで、レヴィに核を貫かれたオストラの最期を見ていたからこそ、それが失われれば彼らがどうなるのかも。
「レヴィ、違和感とかはあったりするのか?」
誰よりも心配しているルティウスが尋ねても、レヴィは首を横に振るだけだった。
「特には。傷が付いている…という自覚だけはあるがな」
問題が無いと示すかのように、ベッドの端に座っていたレヴィは立ち上がり両手を翳す。魔力を寄り集めて、右手に剣を、左手に槍を具現化させる。そこに現れたのは見慣れた蒼い輝きを放つ、レヴィが愛用している武器。
「魔力も使える。案ずる必要はないだろう」
握り締めた二つの武器は、手を開くと同時に霧散し魔力へと還っていった。
だがルティウスとフィデスは、揃って声を荒げた。
「「案ずるに決まってんじゃん!」」
二人の剣幕に気圧されて、レヴィは僅かに目を丸くし再びベッドの端へと腰を下ろす。
「私も核の傷について知識は無い。だが魔力さえ操れるならば、ルティを守る事に支障は無い」
頑固な竜神は、問題ないの一点張りだった。
けれどレヴィを説き伏せるのは、竜の番として生きるウェンティ。
「…問題ないと仰いますが、レヴィさんの身に万が一の事があれば、そのルティウス君が一番悲しむのは承知していますよね?」
「…………」
竜の番である少女は、自らに置き換えて考える。主でもあり愛する竜神の核が傷付いたとあれば、黙ってなどいられるはずもない。
そしてルティウスを引き合いに出されれば、レヴィは口を噤んでしまう。
「……だが治す方法など無いだろう」
フィデスの力を以てしても治療が出来ないとすれば、普通の方法では元に戻らない事は容易に考えられた。状態を維持した上で行動するしかないのだと、覚悟しているつもりでレヴィは返す。
「俺の力で、どうにか出来ないのかな…」
だがルティウスはまだ諦めていない。方法が無いかと、オストラから与えられた知識を掘り起こして考え続けていた。
「確かにルティウス君の力は特異なものです。ですが………」
良案である事は認めた上で、しかしウェンティは言い淀んだ。少年が秘めている力を癒しへと傾けられれば、可能性があるかもしれない。
だが少女は知っている。ルティウスは秘めている力の大きさに反比例して、魔力制御については未熟であるという事を。
「え、怖いなぁ…ルティ君が本気出して、もし制御を間違えたら…核がパーンって………」
フィデスもまた、容易に想像出来てしまう最悪の失敗を口にする。
「う……そう、だよな…俺、まだちゃんと力を制御出来る訳じゃないもんな………」
自覚しているルティウスは、フィデスの指摘によって項垂れていた。
解決の糸口は掴めそうで掴めない。そんな空気の中、静かに聞いていたゼフィラは一つの提案を出した。
「でしたら、レヴィ様が殿下に魔力制御をお教えしては?」
何故か誰も辿り着かなかった案。
制御が未熟なのであれば、誰かが叩き込めばいい。そして教えるのならば、レヴィが適任であると全員が納得していた。
「そだね…レヴィなら教えるの上手いもんね!」
「アール様も時折言っておりました。レヴィさんは自分と並ぶ知の竜だと」
そうしてゼフィラの提案に賛同するフィデスとウェンティの視線を浴びるレヴィは、少しだけ冷たい目でルティウスを見ていた。
「教えてもいいが…ルティ、覚えられるのか?」
幾度か指導をして、剣の筋が良い事は知っている。だが魔法に関しては、威力はあっても制御があまりにも雑だと溜め息を吐いた事が度々あった。
己の命運を懸ける…そんな重荷を背負わせるつもりはない。だがルティウスの制御の甘さを知るが故に、やるならば徹底した指導が必要だとレヴィは考えていた。
「…や、やるよ。俺が頑張れば、レヴィの核を治せる可能性があるんだろ?」
両手を握り締めて、やる気を漲らせる蒼い瞳をレヴィへと向ける。
「あくまでも可能性になります。竜であるご自身達にも覚えのない事、確証はありませんが…」
「可能性でも十分だ!」
ウェンティが補足をしても、心に一度灯った火は消える事が無い。
自分のせいで、レヴィの核が傷付く事態になった。その想いがルティウスを突き動かす。
そしてルティウスが明かしていない根底の想いは、聖石を通じてレヴィにも仄かに伝わっていた。
「そこまで言うなら、徹底的に叩き込んでやろう」
伝播した決意は、レヴィにもやる気を起こさせる。
自身はどうなろうと構わない。けれどその結果としてルティウスを悲しませる事は断じて許せず、何よりもルティウス自身が指導を求めている。応えないという選択肢は、最初から存在しなかった。
「剣の時以上に、容赦はしないぞ」
「の、望むところだ!」
至極楽しそうに、少しだけ歪んだ笑みを浮かべるレヴィに向かって、ルティウスは僅かに怯みながら応じた。




