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「やっぱり、オジサンしかいないんだって!」
立ち上がったフィデスが、困惑し続けるリーベルの背を勢いよく叩いて、決定事項なのだと報せる。
「⋯⋯マジかよ」
躊躇いはあるものの、いつまでもここに留まっている訳にもいかない。覚悟を決めたリーベルは、その背に携えていた長剣を鞘ごと外し、ウェンティへと預ける。
「仕方ねえな。ならせめてよ、こいつを持っててくれねえか?」
リーベルの身長にも及ぶほどの長い剣を背負ったままでは、レヴィを運ぶなど出来はしない。意図を察したウェンティは両手で剣を受け取り、大切そうに抱えていた。
「その程度でしたら、お受け致しましょう」
剣を預ける…それは剣士であるリーベルにとっては命を預けるのも同然。そして移動の最中、何があったとしても戦力にはなれないという意味も込めている。全てを理解したウェンティは軽く頷き、ラテーレ村への道程において彼らの護衛を引き受ける意思を返した。
「フィデスちゃん、ちょっと手ぇ貸してくれねえか?やっぱこいつデカいんだよな…担ぎ上げるのも一苦労だぜ、全く…」
「はぁい!」
倒れているレヴィを抱き起こし、フィデスの協力を得ながらもどうにか背負い上げる。高身長でありながら細身のレヴィは、見た目よりも随分と軽かった。これならばどうにか峠越えも可能かと、リーベルはその背に感じる仲間の重みを確かめながら歩き始めた。
その隣には、軽々とルティウスを背負っているゼフィラが並んだ。何故か頬を染めて嬉しそうにしているが、理由を知っているが故にリーベルは呆れた視線を向ける。
「…殿下の温もりが、わたくしの背に……フフフフフ」
「ゼフィラちゃん、顔が緩みすぎですよ?」
姉であるウェンティからの指摘を受けるまで、ゼフィラはしばらく微笑み続けていた。
だがちらりと、その視線をリーベルの背にいるレヴィへと向ける。
こうしてルティウスを背負えるのも、重傷だった肉体をレヴィが癒してくれたから。
気を失うまで力を行使し、恋しい人を救ってくれた水の竜神への感謝と敬意は尽きる事が無く、彼に乞われるならどんな願いにも応えよう…そんな決意をゼフィラに抱かせていた。
ラテーレ村への道中は、土地勘のあるゼフィラがルティウスを背負いながらも先頭となって進んだ。その隣にはゼフィラの短剣を預かったフィデスが並び、すぐ後ろにレヴィを背負うリーベル、全員を見守るようにウェンティは最後方を進む。
峠道は険しいものの、魔物の襲撃などに見舞われる事も無く平穏だった。
「随分と静かですね…この辺りにも、よく魔物が出ていたと聞いておりましたが…」
公女であるゼフィラは、大陸で頻発している魔物の異常発生について思案する。この峠もその発生地のひとつであり、だからこそ短剣をフィデスに託した。
「何も出ないなら、それで良いんじゃねえのか?」
魔物の発生によって、西ベラニスも度々苦境に陥った。自警団長としてそうした驚異を跳ね飛ばしてきたリーベルも、楽観的な言葉とは裏腹に静かすぎると感じている。
何かまた良くない事の前触れか⋯そう警戒し、周囲の気配を広く探る。けれど感じ取れるのは、草木の合間に息づく小動物達のものばかり。
「⋯⋯カリエスが消滅したおかげでしょうね」
最後方を歩いていたウェンティから告げられるのは、ゼフィラにとってもリーベルにとっても意外な結論。立ち止まる事なく意識だけを向けて、続く言葉を待っていた。
「あの災厄は、アール様も手を焼き頭を悩ませる存在でした。竜神の力を以て封じ、レヴィさんに聖域を建造して頂きその封印を強固にしておりましたが、レヴィさんご自身の封印によってそれは綻んでいた。そうして力を取り戻しつつあったカリエスが水脈や地脈の力を徐々に吸い、淀みを生ませていたのです」
リーベルから預かった長剣を両腕で抱き締め、悔し気な声で語られた真実。最前方で聞いていたフィデスが、何かに納得したように小さな両手を叩き、歩みを止めないまま振り返って辿り着いた事実を語った。
「あっ!じゃあアレかな!ルティ君を襲ったあの呪いの花…あれももしかして、カリエスのせいって事?」
ルティウスを死の淵に追いやった、淀んだ池に咲いた禍々しい魔力を放つ漆黒の花。
レヴィの封印によって均衡が乱れ、流れの滞った水脈の力が生み出した呪い。聖なる水源の力によって浄化は叶ったが、それすらもカリエスが原因なのだとすれば…。
「え~…じゃあレヴィだけが責任感じる必要なんて無かったんじゃん?」
呪いに蝕まれたルティウスを前にしたレヴィの、酷く動揺した姿を見ていたからこそ、古き友としてフィデスは憤る。
「…呪いの花?あぁ、人に種子を植え付け魔力を吸い取るアレですか?」
その現場に居合わせていなかったウェンティが尋ねると、フィデスは何度も大きく首肯した。その反応を見てウェンティも全てを悟る。
「あの花も、カリエスが活発化する事で増えていたと、アール様からお聞きしています。全ては繋がっていたのでしょうね…」
少しだけ目を伏せて話すも、すぐにウェンティは大きな銀色の瞳をルティウスとレヴィへ向ける。
ゼフィラとリーベルに背負われ、未だ目を覚まさない二人。彼らが成し遂げたのは、ただ蘇る災厄を沈めただけに留まらず、大陸全土に影響を与えかねない淀みの元を断つという偉業でもある。
「本当に感謝しなければなりませんね、ルティウス君とレヴィさんには」
ふわりと笑みを浮かべるウェンティの表情は、今までよりもずっと穏やかで優しく、二人を労わるものだった。
そうして平穏に続いた道程は、一日半という長時間に及んだ。時折休憩は挟むものの、足を止めずにラテーレ村へと向かう。
途中でどちらかが目を覚ますかと期待を抱いたが、ルティウスもレヴィも意識が戻る事は無かった。それこそが彼らの疲弊を物語り、誰もが無理に起こさせようともしなかった。




