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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十三話

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 リーベル達が洞窟の通路へと逃げ延びた直後、彼らがいた場所もまた緩やかに崩れ、マグマの川へと沈んでいった。

「うぇぇ⋯危なかったぁ。レヴィ、ありがと⋯──」

 狭い通路の奥へと消えた姿を見届けてから、ルティウスはレヴィへと振り向く。感謝を伝えようとしたが、言葉は途中で切れてしまった。

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯えっと、レヴィ?」

 優しいはずの眼差しには、そこはかとない怒りが滲んでいる。これは叱られるやつだ⋯本能的に察したルティウスは、どうにか苦笑いを浮かべてじっと見つめ返す。

 けれどすぐに、その表情は見えなくなった。

「⋯⋯やっと」

 少しだけ乱暴に頭を抱き寄せられて、ルティウスの視界には白いローブだけが映る。

「やっと捕まえたぞ⋯⋯家出小僧」


 全ての始まりは、自分の存在に疑念を抱いたルティウスの失踪だった。

 迷い、命を失いかけ、盛大に周囲を巻き込んだ、少年の家出。


「⋯どれだけ心配したと思っている」

 頭上から降り注ぐ低い声は、ほんの少しだけ震えている。

「ごめん⋯なさい⋯⋯」

 自分の安易な行動せいで、レヴィをも傷付けさせた。自覚しているからこそ、ルティウスは素直に謝った。

 蒼い瞳には、涙が滲む。

 レヴィの温もりと鼓動がすぐそばにある⋯だがそれも、今度こそ失う寸前だったのだと思い出して、消えたはずの恐怖が蘇り震えていた。

 そんなルティウスへ掛けられるのは、優しい声。

「生きているなら、それでいい」

 頭を抱き寄せる腕に、少しだけ力がこもる。

 辿り着いた時に見た姿は、生きているとは思えないほど凄惨なものだった。だがルティウスは生き延び、こうして腕の中にいる。ただそれだけの事が、レヴィにとっては何よりの救い。

 互いの生存を実感する二人の下方では、次々と地面が崩落していく。蒼い炎と暴風圧に抑え込まれていたカリエスの群れも、端から順にマグマへと沈み、断末魔の奇声を発しながら燃え、そして消滅していく。

 このまま放っておくだけで、災厄の全ては炎の波に飲まれて一掃される。

 そのはずだった⋯──。


 ルティウスに肉体を返し、静観していたオストラだけが冷静に、だが最期の執念に気付いていた。

 崩落を続ける地面の端に残り、静かに壁面へと張り付いて移動していた最後の一体は、虎視眈々と狙いを定めている。

 けれど安堵に包まれた二人は、その脅威に気付かない。


『⋯チッ!馬鹿野郎どもが!』


 大きな蒼い瞳が、瞬時に金色の輝きを放つ。ルティウスの声で、けれど発せられた粗暴な口調は、窮地を救ったオストラのもの。今一度その身を乗っ取ったオストラは、渾身の力でレヴィの身体を突き飛ばした。

「⋯⋯ルティ?」

『⋯呆けてんじゃねえ!』

 咄嗟に翼を羽搏かせて留まったレヴィもまた、その一言でようやく気付く。

 壁面に張り付いていた一体が、二人まとめて喰らおうと口を開き迫っていた。だがレヴィは突き飛ばされ、その位置に残るのはルティウスだけ。

 驚異的な速度で迫るカリエスを睨み付けて、オストラは叫んだ。

『⋯しつけえんだよ、クソ蛇がぁッ!』

 壁から離れて飛び上がってくるカリエスの口目掛けて、魔力を固めた巨大な氷塊を叩き込む。

『これでも喰ってろ、クソが!』

 ルティウスの身体を丸呑みにもしたその口へ放り込まれたのは、その胴よりも大きな塊。口を閉じる事も噛み砕く事も出来ないまま勢いを失ったカリエスへ、オストラは駄目押しの一発を撃ち込んだ。

 瞬時に具現化した槍を両手で握り、カリエスの口を塞ぐ氷塊へと魔力を込めた強烈な刺突を放つ。

 ルティウスとレヴィを狙った最後の一体は、ついにマグマの川へと落下し、燃え盛る飛沫を跳ねさせながら消滅していった。

 今度こそ、これで終わり⋯確かめるように周囲の気配を探り、もう何もいないと判断したオストラは⋯──。



 ルティウスに肉体の主導権を返したオストラは、その後も密かにルティウスを守り続けていた。

 凍らせて魔力の吸引を抑えはしたものの、首に残る毒の影響は甚大だった。

 ルティウスが操る根源の力を取り込めば、カリエスはそれすらも吸い上げ、さらなる驚異となっただろう。

 それを防いでいたのは、他でもないオストラ。

 主導権だけはルティウスへ返しながらも、毒の影響がルティウスへと及ばぬように、魔力回路を入れ替えさせていた。

 そうしてオストラは、ルティウスに代わって魔力を吸われ続けていた。枯れ果てる前に終わらせられたが、干渉し続けるだけの余力はもう残っていない。


『⋯軟弱どもが⋯⋯⋯レヴィ、あとはてめぇが、どうにかしやがれ⋯⋯⋯』


 オストラの干渉が失われた瞬間、ルティウスは空中で唐突に血を吐いた。

 感覚を麻痺させる魔法によって抑え込まれていただけで、その肉体は今も重傷のまま。凍らせて支えられていた骨は元に戻り、水竜の象徴とも呼べる背中の翼も消えていた。

「ルティ⋯っ!」

 そして全ての氷結が消え去り、レヴィの首に残る痕もまた動きを鈍らせるほどの激痛を放つ。

 だが、レヴィは迷わず飛翔した。血を吐きながら意識と翼を失い、マグマへと落下していくルティウスを拾い上げるために。

 焼け爛れた首は、尚もじりじりと痛みを放つ。けれどカリエスが消滅した今、力が吸われることも無い。

 翼に魔力を漲らせ、一際強い輝きを纏いながら、全速力で飛んだ。

 伸ばした腕が小さな身体を抱き留めるのは、マグマへと沈む寸前だった。

「⋯しっかりしろ、ルティ!」

 即座に上昇し、灼熱の波から距離を取る。両腕で受け止めた身体は何度も咳き込み、多量の血を吐き出し続けている。

 その様子はまるで、止まっていた時が動き出すかのようだった。

「ッ…!あと少しだけ、耐えろ⋯ルティ」

 次第に呼吸が浅くなっていく。今にも消えそうな命をその腕に抱きながら、けれどレヴィは冷静に、その身に宿る神の力を発動させていった。

 蒼い光とともに、膨大な魔力が解き放たれる。山脈を這う全ての水脈を引き寄せるように集めたその力は、マグマの波をも貫いて地中から噴き出し、巨大な水柱を形成した。

 両腕に抱えていた、重傷の肉体がふわりと浮き上がる。眩い輝きを纏う激流の中に在りながら、ルティウスの身体はその場に留まり続け、清浄なる水に包まれていた。


 それは正に、神の起こす奇跡。

「⋯癒せ⋯⋯⋯全てを!」


 レヴィが司る浄化の力は、ルティウスを苦しめた毒も腐食も、全てを洗い流す。首や顔、肌を汚していた火傷のように爛れた痕は、レヴィ自身に刻まれたものも含めて見る影もなく消えていった。

 洗い流された肌を通して体内へと染み込む浄化の光は、内臓の損傷や骨格の亀裂さえも潤していく。傷付き荒れた肉体は、融和の力を以て繋ぎ合わされその機能を取り戻させた。

 浅くなっていた呼吸も落ち着き、血を吐くことも無い。

 回復した小さな身体は、再びレヴィの腕の中へと戻った。ルティウスが呼び起こした火脈のマグマも、レヴィが呼び集めた水脈の奔流によって冷やされ、洞窟内は元の薄暗く静かな場所に戻っていた。

 ただ一つ変わっていたのは、ウェンティが貫いた穴によって光が差し込んでいる事。

「⋯⋯っ⋯!」

 容態の落ち着いたルティウスを抱きかかえたまま、レヴィは小さく呻き、ゆっくりと降下していく。

 マグマの波も消え、崩落の危険も無くなった地面へと降り立ち、回復したルティウスの身体をそっと横たえた。

 直後、レヴィの翼と角は光の粒となって消え去り、同時にレヴィもまたルティウスの隣へと倒れ込んだ。

 


 ルティウスと聖石を介して繋がっていたからこそ、水の竜神としての力を使えた。だが魔力の源はルティウスであっても、それを精緻に操り完治にまで至らせられたのはレヴィだからこそ。

 けれど魔力を引き出し奇跡を起こさせるには、今の衰弱しているレヴィにとっては命懸けにも等しかった。

 隣で穏やかな呼吸を繰り返すルティウスへ、ゆっくりと腕を伸ばす。

「⋯⋯⋯今度、こそ⋯⋯救えたんだな⋯」

 震える声で噛み締めるように呟いてから、白く柔らかな頬を撫でる。指先から伝わる温もりは安堵を生み、やがて金色の瞳を濡らしていた。

「ルティ⋯⋯ちゃんと、守れなくて⋯⋯すまなかった⋯」

 救えたという安堵と同時に心の中を埋め尽くすのは、守ってあげられなかったという大きな後悔。

 そしてレヴィの意識も、ゆっくりと沈んでいく。限界を迎えた水の竜は小さな少年を守るように、離れる事なく寄り添っていた。

 


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