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驚愕と混乱の極地にあるウェンティやリーベル達をよそに、ルティウスは尚もカリエスの群れを見下ろし怒りの視線を向けている。
レヴィの身体を左腕だけで抱え、ゆらりと右手を翳す。開かれていた手を強く握ると同時に、眼下で燃え上がる蒼い炎はさらに勢いを増した。
怒りの感情に呼応して、次第に山脈そのものが揺れ始める。大きな地割れが生まれ、口を開けた大地の底からは火脈そのものにも等しいマグマが吹き出し始めていた。
「ッ!皆さん、集まってください!」
大きな揺れを感じた直後から、ウェンティも察していた。
ルティウスは、最も扱いが難しいとされる火脈の力を引き揚げ、それを地上へと呼び出している。
巻き込まれかねないと判断したウェンティは立ち上がり、風の力で自身を含めた四人を覆う。
「フィデスさん、このままでは地面ごと崩落しかねません!足元を固められませんか?」
結界を張り、天井からぱらぱらと落ちてくる岩の破片を弾きながら、フィデスへと乞う。彼女の土の竜神の力を以てすれば、数少ない足場だけでも維持出来ると考えていた。
だがフィデスは、首を横に振る。
「やろうと、したんだ⋯でも破壊の力が強すぎて⋯負けちゃう」
緋色の瞳は、空中に浮かび続けるルティウスへと向いた。
「⋯⋯ルティ君は、すごいな」
封印があるとはいえ、仮にも神を冠する土の竜。そんなフィデスの力をも上回り、全てを無に帰そうとする強い意志。
その確固たる心の強さこそ、フィデスが憧れ探し求めていたもの。
「⋯⋯でもルティ君、やり過ぎだよ?」
少年にとって大切なレヴィを奪おうとしたカリエス。怒りの気持ちは理解出来るが、周りを見なさいと後で叱らなければと、苦笑を浮かべながら見上げていた。
握りしめた右手をゆっくりと持ち上げ、噴き出したマグマをさらに呼び込む。少しずつ崩壊していく地面は順に流れ落ち、赤々と燃え盛る波の中へと沈み溶けていく。
だがその手を、白い大きな手が掴んで制止した。
「⋯やり過ぎだぞ、ルティ」
意識を失いかけていたレヴィは、下方からの強烈な熱によって目を覚まし、即座に状況を察した。
ルティウスが根源の力を使い、圧倒的な破壊を齎している。
カリエスへの怒りに染まり切っていた瞳は、驚いたようにレヴィの姿を捉え、そして次第に表情を歪めていく。
「⋯⋯っ、レヴィ⋯⋯レヴィ!」
互いに無事とは言い難い。けれどレヴィは、いつもの美しい金の瞳を優しげに細めて、ルティウスを見つめている。
暖かな眼差しに安堵し、唐突に涙を溢れさせた。
「泣くな、ルティ。まだ終わっていないだろう」
ちらりと視線を向ければ、今こうしている間にも洞窟の崩壊は進み、既に足場は限られた範囲しか残されていない。リーベルやゼフィラ、フィデスはウェンティの風によって守られているが、時間の問題だ。
「周りを見ろルティ。あいつらも焼き尽くすつもりか?」
静かに告げるレヴィが視線で促し、ルティウスも追うように振り返る。
「⋯⋯あっ」
脱出の余地すらも無くしかけている四人の姿を見て、ルティウスは大いに慌てた。
「ど、どどっ、どうしよ!えっ、俺⋯⋯えっ!」
「⋯自分がやったという自覚はあるんだな?」
呆れたように溜め息を吐くレヴィはそっと左手を翳し、辛うじて塞がれていない洞窟の出口を凍りつかせる。地面を這うように伸びる氷の道はウェンティ達の元へと届き、それが脱出路なのだと伝えた。
「お前達は先にここから出ろ!」
レヴィの声を聞き届けたリーベルが、手を振りながら答える。
「二人はどうすんだよ!一緒に脱出しねえのかよ?」
そんなリーベルの問いに、レヴィはその背にある翼を羽搏かせる事で応じた。
「⋯そっか、あいつら飛べるんだよな」
ルティウスとレヴィの背にある翼。それは足場が完全に無くなったところで問題ないという証。
「よし!急いで脱出すんぞ!」
このまま残り続けていても、自分達を守るために余計な力を使わせるだけ。そう悟ったのはリーベルだけではなく、ゼフィラとフィデスも同様だった。
揺れは収まりつつあるものの、転がり落ちればその先はマグマの川。ウェンティが風の魔法で頭上を守る中、レヴィが創り出した氷の道を慎重に辿って四人は先に空洞から脱出していく。
去り際に、ウェンティは一度だけ振り返った。
「⋯どうか、ご無事で」
視界の先で、悪意と死を振り撒いていた災厄はルティウスの力によって抑え込まれている。後はもう任せて大丈夫と信じられるが、まだウェンティは仄かな不安を抱いていた。
災厄カリエスの執念深さは、人や神の想像を遥かに超えるものだと、アールから聞いていたから。




