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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十三話

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 オストラの視界を通して、ルティウスは全てを見ていた。

 槍を持つ腕を拘束され、首と腕の両方から魔力を吸われ動きを封じられたレヴィの姿を。

 

──助けなきゃ⋯!──


 たった一つの想いが、ルティウスの意識を呼び覚ました。

 その瞬間、オストラは分かっていたかのように、肉体の主導権を明け渡す。


『それでいい』


 頭の中に響く優しい声に後押しされて、ルティウスは宙を翔けた。

 握っていた槍を振り下ろし、たった一閃で二つの黒い舌を斬り裂く。

 地面へ降り立つ事なく下方へ槍を構え、大口を開けて上昇してくる蛇の口内へと突き刺し、勢いのまま地面へと叩きつけた。

 それはほんの一秒にも満たない刹那の事。

「⋯っ、レヴィ!」

 即座に飛び上がり、ゆらりと落下しかけるレヴィの身体を抱き留めた。魔力を奪われ衰弱したレヴィの姿は、ルティウスの怒りを呼び起こす。

「⋯⋯許さない」

 一回り以上も大きなレヴィの身体を抱き留めたまま、ルティウスは眼下で蠢く増殖したカリエスへと視線を向ける。

 ずっと抱いていた恐怖を塗り替えるほどの強い怒りは、暴走する寸前までルティウスの力を増幅させていた。

 憤怒の感情は、呼応するようにその力を引き出していく。燃えてしまえ⋯そう頭の中に思い浮かべるだけで、槍を突き刺した蛇の口から蒼い炎が広がっていった。

 炎は体表を焼くだけに留まらず、周囲へ飛散した粘液や唾液へも燃え広がる。

 膨大な魔力を感じ取ったカリエスは、ルティウスを再び餌として求めるように地面から這い上がる。

「⋯⋯⋯来るなっ!」

 だが上昇しようとした蛇の群れは、ルティウスが拒絶の言葉を吐くと同時に地面へと叩き落とされていく。尚も頭を持ち上げようとするカリエスの巨体は、ルティウスを中心に発生した高密度の暴風圧によって、接近すら叶わなくなっていた。

 弾け飛んだ肉片から増え続ける蛇の数体は、オストラの力で氷結した地面へと強引に潜ろうとしていた。だがそうした潜航すらも、ルティウスは許さない。

「行かせるわけ、ないだろ⋯!」

 その言葉の直後、砂場のように容易く地中へ忍び込んでいたはずのカリエスは、腐食で溶かせないほどの硬度を帯びた地面に固定されていた。

 頭から壁面へ潜り込もうとした数体は、無様にもただ壁へ頭突きをするだけに終わる。

 それまでの時間は、一分にも満たない。全ての力をほぼ同時に、目に映る全ての範囲へと広がらせたルティウスの怒りは、まだ治まらない。

 徐に頭上へと視線を向け、意識を集中させる。青い光と共に現れるのは、湖一つを形成しかねないほどの多量の水。

 レヴィが造り出した聖なる水源、その源泉から伸びた水脈が張り巡らされているこの場所でなら、その力を最大限に引き出せる。

 空中に現れた水の塊は、やがて小粒の雨となって辺りに降り注いだ。

「⋯何だ、この雨?」

 地面の上で、ウェンティの治療を続けるフィデスと疲弊したゼフィラを守るように立っていたリーベルは、突然の降雨に驚いていた。

 天が見えているならばともかく、頭上にあるのは広い空洞となった洞窟の天井のみ。

 誰もが新たな異常事態かと疑うような降雨は、けれどルティウスが拒絶した災厄以外の存在を優しく癒やしていった。

「⋯⋯っ!姉様!」

 フィデスの治癒魔法を受けていたウェンティだが、損傷は酷く完治には時間を要していた。しかし雨粒が触れた直後、ウェンティはゆっくりと目を開ける。

「⋯⋯ゼフィラちゃん?」

 妹の声に、視線を向ける。安堵の表情を浮かべる大切な妹の顔を見てから、はっとしたように飛び起きた。

 気を失う直前の窮地を覚えているからこそ、ウェンティは慌ててしまう。けれどもう、ウェンティが奮戦する必要も無い。

「⋯あれ、は?」

 信じられないものを見るように、銀色の瞳が大きく見開かれていた。

 宙に浮かんでいるのは、蒼い輝きを纏う四翼を携えたルティウス。その細い両腕が抱き締めているのは、半竜の姿ながらも衰弱しているレヴィ。

 逆では?という感想を抱きつつも、状況のあまりの特異さに瞳を泳がせた。

 地面に固定され、風圧に押し潰されながら燃えるカリエスの群れと、洞窟内に降り注いでいる輝く雨。

「一体、何があったのです?」

 アールから幾らか話を聞いてはいた。けれど目の前で起きているのは、ウェンティが理解出来る範疇を超えていた。

「⋯⋯オストラがね、助けてくれたんだ」

 かつては憎み、封印までした相手。ルティウスやレヴィと共に倒し、死に絶えたとばかり思っていた水の竜は、死して尚思念となり今度はルティウスを守った。

 そして、絶命の間際にあったレヴィを間一髪で救ってくれた。

「オストラ⋯⋯そうですね。確かにルティウス君の中には、かの海竜の思念が潜んでいると、私も気付いてはいましたが⋯」

「ちょっと待て!」

 フィデスとウェンティの会話に、リーベルが割って入る。

 甥を思うリーベルにとっては、聞き捨てならない事実がそこで話されていた。

「ルティウスの中に、あの海竜がいるってどういう事だよ!」

 ずっと、リーベルには伏せていた真実。

 ベラニスを守る自警団の長であったリーベルには、誰もが打ち明けられなかった。彼が守っていたベラニスを脅かした存在がルティウスを守っているなど、言っても信じないか激昂すると分かっていたから。

「ごめんね、オジサン!言えなかったんだよ⋯ボクだって、心配だったんだけどさ⋯」

 レヴィからその話を聞かされた時、フィデスも不安を抱いていた。ベラニスの街を破壊したように、ルティウスの事もいつか壊してしまうのではないかと。

 けれどその不安は、見事に外れた。土壇場でルティウスを守り、その上戦況を立て直してもくれた。

 あまりにも嬉しい誤算で、だからこそ今なら打ち明けられると、フィデスも判断する。

「きっと、あの時のオストラはどうかしてたんだよ!今は、ほら………」

 言葉よりもその状況を目にすればきっと理解する…そう言いたげに振り返ったフィデスの視線の先には、もうオストラの魔力の色は見られなかった。

「え、あれ⋯⋯?」

 宙に浮かぶルティウスと、その腕に抱えられたレヴィ。圧倒的なまでの魔力は放たれ続けているものの、そこにはルティウスの色しかなかった。

「⋯あれは、根源の力?」

 この場に満ちる力の流れを、ウェンティは確かに捉えている。

 蒼い炎に焼かれてもまだ生きながらえているカリエス。唾液の毒に蝕まれた痕を凍り付かせた事で抑えられてはいるものの、魔力は今も吸い取られ続けている。けれどルティウスから溢れているのは、吸われる量を遥かに凌駕した膨大な魔力。

 無尽蔵に膨れ上がる力は、まるで世界そのものがルティウスに力を貸しているかのようだった。


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