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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二話

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14/27

0014

 翌朝、ベッドの上で目を覚ましたルティウスの隣には、案の定レヴィが横になっていた。けれど昨晩のように抱き締められてはおらず、動けないという事もない。起こさないようそっとベッドから降りようとした直後には、何故か腕を掴まれて引き留められたけれど。

「……起きてたのかよ?」

「お前の魔力が動いたから私も目覚めた」

「……魔力の繋がりって、便利そうでなんだか不便だな」

 軽口を叩き合いながらも身支度を済ませ、フィデスに言われた通り夜明け前には準備を終えた。まだ薄暗い家の外に出てみると、既に元気一杯のフィデスが笑顔で待ち構えていた。

「おっはよ~。寝坊しなかったね?」

「依頼されてるしな。遅れる訳にはいかないだろ」

「偉い!よーし、それじゃ早速いこっか~」

 そして三人は家を後にし、鬱蒼とした森の中へと入っていく。どこへ向かうにも森を抜けなければ辿り着けないこの場所は、やはり暮らすには不便ではないのか?と疑問を抱くが、ルティウスにはそれよりもまず問うべき事があった。

「そういえば調査って言ってたけど、どこに向かうんだ?」

 ルティウスは行き先をまだ聞かされていなかった。護衛を必要とするからにはある程度の危険は予想しているが、目的地が不明なままではその予想も大して役には立たない。

「ルティ君、この近くにクレーターがあるのは知ってる?」

「クレーター…?」

「大昔に災害があってね。国が丸ごと一つ消滅したんだよ。その跡地の調査さ」

「……そんな場所が?」

 初めて知る内容の話に、ルティウスは目を見開く。帝国から遠くない位置に、広範囲に渡って草木の育たない謎の荒廃地域がある事は知っていた。それがかつて国があった場所だと、知る者は現代にほとんどいないだろう。

 神であるレヴィなら知っているのだろうが、封印された後の事であれば知らないかもしれない。訊いてみようかと視線を向けるが、その表情を目の当たりにして口を噤んだ。

 まだ陽が昇り切らない薄闇の中、背筋が凍りそうなほどの冷たい目をしていた。感情が見えない、暗く冷ややかな瞳。わざわざ問わずともレヴィが何かを知っている事は明白に思えた。

「…それで?護衛って事は、何かヤバい奴がいるかもしれないって事か?」

「ん~、そんなに危ないのは居ないと思うんだけどね?ただ、長い時間が経っても魔力が乱れっ放しでさ~。今どんな状態になってるのかもよくわからないんだよね~」

 与えられた情報の曖昧さに苦笑が浮かぶ。大量発生でもしていれば数で囲まれる可能性も有り、想像を絶する強敵が待ち受けている可能性も有り得る。

 だがレヴィが魔力の繋がりを得て魔法を使えるようになっていた事は幸いしている。ルティウス自身が保有する魔力が続く限り、魔法での殲滅や援護に期待も出来るかもしれない。

「あ、そういえば……」

 魔法について考えた時にふと気が付いた。

 当地は魔力が乱れていると説明があった。そんな場所に近付いて、身体へ悪影響を及ぼす事は無いのだろうか?

「俺も詳しくないんだけどさ、魔力が乱れてるって、どんな感じなんだ?俺達が近付いても問題ないのか?」

「ん~……普通の人間だと、身体の中の魔力も乱されちゃってヤバい事になるかもね~?」

「そんな所……本当に行くのか?」

「我々なら問題は無いだろう」

 出発してから一度も話さず沈黙していたレヴィがようやく口を開く。彼の言葉を疑う訳では無いが、どうして大丈夫と言い切れるのかだけは知りたかった。

 意図を問うように見上げていると、視線に気付いたレヴィが微笑んでから付け足す。その表情に先程までの冷たさは無い。

「加護を得ている者ならば、魔力の乱れ程度でどうにかなる事は無い」

 簡潔だが、わかりやすい説明に安堵する。ルティウスは十五歳の時に、帝国の儀式で正統なる水神の加護を受けている。レヴィは加護を与える側であり、そもそも影響などあるはずもない存在。じゃあフィデスは?と考えるが、そんな場所の調査に赴くのだから何かしらの神の加護を持っていると思っても良いのだろう…この時は、まだ簡単に考えていた。


 森を抜けてからしばらくは、何もない平原を日の出と共に進んだ。まるで来た道を戻るかのように見覚えのある景色を眺めながら、広い地平を北上して行く。しかし道中で、ぱたりと道が途切れている事に気付いた。既に周囲は明るくなっているにも関わらず、人の通った痕跡すら見つけられない。いよいよ目的地に近いのだと、正確な場所を知らないルティウスでも察してしまう程だ。

 前方を歩いていたフィデスの隣に並び、いつでも抜剣出来るよう鞘に手を掛け辺りを警戒する。

「魔物の気配はあるか?」

 すぐ後ろにいるレヴィへ向けて問う。探知魔法を使えない訳では無いが、いざと言う時のために魔力は温存しておきたかった。レヴィならば、魔法がなくとも水脈の揺らぎから感知出来るだろう。

「……何もいないな」

 レヴィがいないと言うのだから、本当に何もいないのだろう。僅かに警戒を緩めようとした時、フィデスが口を開いた。

「もうクレーターの魔力域に入ってるんだ、普通の魔物なんて近付けるわけがないよ」

 ルティウスの何倍も気を張り、周囲への警戒を続けているフィデスは当たり前のように言う。普通の魔物は近付けない。けれどそれは『普通ではない魔物』ならば待ち構えている可能性があると言う意味にも取れた。

「……居るとしたら、どんな魔物だと思うんだ?」

「ん~…アンデッドとか、死霊の類かなぁ?」

「…………死霊?」

「あそこはね、かつては『モア』という国があった跡地。何も知らないまま、死んだ事にも気付かず一瞬でこの世から消滅した人々の魂は、誰からも慰められる事なくそこに留まり続け、自然の魔力を乱している…そうして本当に誰も近寄れなくなって、人々の記憶と歴史から忘れ去られ、存在そのものが消された…そんな場所なんだ……」

 噂でしか聞いた事の無かった荒廃地域の真相は、ルティウスにとって衝撃だった。言葉を失い、立ち止まりそうな程。後続のレヴィに背を押されなければ本当に立ち止まっていたかもしれなかった。

「何でそんな災害が……」

「………………」

 平和に暮らしていただろう人々が一瞬にして消滅するほどの災害が、どうして後世に伝えられず無かった事のように扱われているのだろう。皇族として民を守り導くための教育を受けてきたルティウスは、奪われた命達を悼む想いが膨らむのを自覚する。せめてどこかで、手向ける花でも摘んでくれば良かったと考えるが、既に辺りは花どころか雑草の一つも見つけられない荒れ地になっていた。

「……もっと早く教えて欲しかった」

 余りの悔しさに立ち止まってしまう。歴史から消されるほどの長い年月、誰からも偲ばれる事すら無かった人々を想うと、心が張り裂けそうなほど切なくて苦しかった。

「……どうしてだい?」

「せめて……自己満足かもしれないけど…でも、俺は知ったから!亡くなったモアの人々に、花でも添えたかったんだ」

 ルティウスの言葉を聞いたフィデスは驚嘆し、しばらくして微笑んだ。人を揶揄って遊んでいた時とは全く違う、とても優しい笑顔を浮かべていた。

「ルティ君は、本当に優しい子だね」

 自分より背の低い少女が、精一杯に腕を伸ばしてルティウスの頭を撫でる。その眼差しは、まるでレヴィのように神秘的な輝きを帯びているように見えた。

「キミみたいな子が他にも居たなら、彼らの魂も浮かばれただろうね」

「……まるで、神様みたいな事を言うんだな、フィデスは…」

「そうかい?ボクは思った事を言っただけだよ?」

 明るく返すフィデスに、少しだけ心が軽くなるのを感じた。

 献花の用意は出来なかったけれど、せめて祈ろう。かの地に生きた人々の魂が安らかに眠れるようにと。そう気持ちを切り替えて再び歩き始め、一刻も経たない内に目的地へと到着した。


 



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