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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十三話

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 誰かが、呼んでいる声が聞こえた気がする。

 レヴィに少し似た、低くて穏やかな、だけど粗暴な口調で。

 身体の痛みも、息苦しさも感じない。最後に見ていたのは、自分を喰らおうと口を開けていた巨大な蛇の姿。朧げな記憶は、既に自分が死んだのだと結論付けさせるのに十分過ぎるほどの恐怖を与えていた。

 だが聞こえてくる声は、しつこくルティウスへと呼び掛け続けている。


『起きやがれ、このクソガキ』


 脳内にはっきりと届いた声。仲間に恵まれていたルティウスにとって、自分をそんな雑に呼ぶ者などたった一人しか思いつかない。

 うっすらと目を開けてみるが、何一つ見えはしない。ただぼんやりと、視界が蒼白く輝いているように感じただけだった。


『お前、マジでそのまま死ぬつもりかよ?』


 懐かしさと腹立たしさが同時に沸き起こる声は、ルティウスへと問う。

 死にたいとは思っていない。けれど現実として⋯あの状況から助かるなど考えられない。


『てめぇが諦めればあの軟弱野郎も⋯最悪死んじまうかもなぁ⋯ククッ』


 自分はどうなろうと構わなかった。けれどその一言は、ルティウスを瞬時に奮い立たせた。

 あんなに強いレヴィが、何かに負けるなど有り得ない。そう考えてみても、彼の力の源である自分が死ねば誰がレヴィを守るのか、という自問に辿り着く。


「⋯ねぇ、オストラ」

『何だよ?やる気出しやがったか⋯?』

 頭の中に語り掛けてくるその声は、乱暴だけれど優しかった。

 気付くとそこは、真っ白で何もない場所。まるでオストラの思念と遭遇した、根源の中に居るようだった。

 膝を抱えて蹲るように座り込み、震える身体を両腕で抱き締めるように力を込めた。

「……俺、怖いのかもしれない」

 何も出来なかった。剣を構えてみても、ただ一方的に嬲られるだけだった。圧倒的な力の前では、自分など取るに足らない『餌』でしかなかったのだと、改めて思い知った。

「俺なんかじゃ……どう頑張っても………」

 そうして震える声で本音を吐露するルティウスを、オストラは相変わらずのニヤついた表情で見下ろす。

『ったりめぇだろうが。あの蛇はな…本来ならてめえなんぞがサシでやり合えるようなタマじゃねえんだよ』

 その一言は、ルティウスを殺しかけた存在の正体を知ってるのだと暗に告げている。

 膝に埋めていた顔を少しだけ上げて、傍らに立つオストラへと視線を向ける。レヴィとよく似た瞳は、けれど少しだけ真剣に細められていた。

『あの蛇は、俺らが生まれるよりも前からこの世界に居やがる。れっきとした古代種ってヤツだ』

 オストラが言う「俺ら」は、そこにレヴィも含まれているのだとルティウスも気が付く。数千という永きを生きる彼らよりも長くこの世に在り、世界を脅かしている…そう聞いて諦観を抱いた。勝てなかった理由を知り、ルティウスは再び膝へ顔を埋めた。

「そんな奴…諦めるも何も、無理に決まってんじゃん……」

 レヴィを助けたいという想いだけで心を奮い立たせようとした。けれど決意しようとした気持ちは容易く崩れ、絶望に心が染まっていく。

 高い位置から見下ろしていたオストラは、溜め息を吐きながらゆっくりと膝を折り、ルティウスの隣にしゃがみ込んだ。

『…あの軟弱に感化されちまってんなぁ…全く無様なモンだぜ…』

 どれだけ罵られていても、怒りは沸かない。普段なら即座に言い返していただろうが、反論するだけの気力さえも失うほど、ルティウスの心は打ちのめされていた。

 意識を失う直前に抱いた恐怖は、そう簡単に拭い去れるものではない。痛みと、息苦しさと、魔力が吸われて力が抜けていく感覚…。少しでも思い出せば、さらに酷く身体が震えてしまう。

「……怖かったんだよ、本当に」

 そう呟く声は、身体以上に震えていた。

『…ったく、仕方ねえな………』

 震える少年の頭にそれが触れたのは、すぐの事。

 大きな手が、ルティウスの頭を撫でていた。

 その感触は、レヴィのものとよく似ていた。

『もう忘れたのかよ、この俺を打ちのめしやがったあの時の力をよ?』

 ゆっくりと頭を撫でながら、屈辱に表情を歪めるオストラは挑発するように言った。

『四属性全ての根源を操ってこの俺を沈めたてめえが、何をあんな干からびた蛇如きにビビってやがんだ?』

 実質的なとどめを刺したのは確かにレヴィだった。けれどそれを可能とさせるまで暴れるオストラを無力化させたのは、紛れもなくルティウスだった。

 だが、まだ立ち上がれるだけの気力は戻らない。

 あの時は、無我夢中だっただけ。意識して自在に使いこなせる訳でもなく、そんな付け焼刃の力で対峙出来るような相手ではない事は、オストラの話から理解してしまっている。

 再び溜め息を吐いて、しびれを切らしたオストラがルティウスの胸倉を掴み、震えて縮こまる身体を無理矢理に立ち上がらせた。

「……離せよ」

 涙に濡れた蒼い目で、オストラを睨み付ける。恐怖に震えていても、怯えて涙を流していても、けれど瞳の奥の輝きは失われていない。


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