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もう何度目か分からない渾身の一撃を、カリエスの顔面へと叩き込む。両目を潰し、切断に至らないギリギリまで口を縦に切り裂いた。これならばすぐには再生しないだろう…そう考えたウェンティの眼前で、切り裂かれた断面に淡い碧色の光が集まる。
「……えっ?」
見覚えのある色の魔力と、懐かしい気配の漂う治癒魔法が、何故かカリエスの傷口を癒していく。
「何で…?」
そうして振り向いた先では、ゼフィラがルティウスの首に回復魔法を掛けている最中だった。
まだ余裕のあったウェンティだが、あまりにも惨い事実に驚愕し、それが一瞬の隙を生み出していた。
振り被られた胴体が、ウェンティの小さな身体に直撃してしまう。
寸前で剣を前に出し受け止めたものの、勢いを殺せずそのまま吹き飛ばされてしまった。
「…ちっ!」
咄嗟に気付いたレヴィが空洞へと振り返り、ウェンティをその身で受け止めた。
「お前、何をしている!」
自分が戦えない苛立ちをぶつけるように、レヴィはウェンティへと怒鳴り付ける。
「油断、しただけ…です!」
レヴィには、ウェンティを助ける義理など無い。ただあのまま放っておけば、今も死の淵にいるルティウスに衝突しかねない。だから受け止めただけに過ぎなかった。
即座にレヴィの腕から離れ飛び上がろうとするウェンティだが、徐にルティウスへと振り返る。
カリエスの断面を覆った治癒魔法は、今まさに妹のゼフィラが放っているものと同じ。
その光景が、ウェンティに答えを与えていた。
「駄目ですね、これは…」
「どういう事だ?」
圧倒的な力を持つウェンティが、諦観を抱いてしまうほどの事態。レヴィも薄々勘付いていた、最悪の真実。
「……あの災厄カリエスの唾液には、魔力を吸収する毒があります。そしてルティウス君は、あのカリエスの舌に首を絞められた時、その毒を受けて………――」
その瞬間、ゼフィラの治癒魔法を放つ手がびくりと震える。驚愕と、恐怖に瞳を見開き、絶望に表情を歪ませていった。
「おい、一体どういう意味なんだよ!」
事実を理解し切れていないリーベルが声高に叫ぶも、誰もその答えを口に出来なかった。
魔に精通する者ならば、誰もが気付いてしまう最悪の真実。
「ルティウス君が生きている限り、この子の魔力は常にカリエスに吸われ続ける…回復した端から、全てが…」
レヴィが感じた、ルティウスの魔力が回復しない理由。
ウェンティが感じた、無限に再生を続ける事の異常。
その全てが一つの答えへと繋がり、最悪の真実として突き付けられる。
そんな絶望さえも嘲笑うかのように、災厄は再び蘇り、獲物へと紅い双眸を向ける。
崩れ落ちた断崖の影から、カリエスは自分の獲物を見つけ出す。
その口から零れる唾液は魔力を吸う毒を撒き、獲物へのマーキングも兼ねていた。
黒く長い舌にその首を絞め上げられた瞬間から、死の淵にある少年の肉体はずっと、餌として狙われ続けている。ウェンティと交戦していたのは、あわよくばその魔力さえも喰らおうとしていたからに過ぎない。
この場において、唯一対抗出来るはずのウェンティがカリエスから目を離した⋯それは最大の隙を与えていた。
瞬時に岩をも溶かす体液を纏ったカリエスにとって、地面などただの通り道でしかない。
そして邪悪な意思は、振動すら起こさず真っ直ぐに地中を駆ける。
「⋯っ!離れて!」
真っ先にウェンティは気付いた。
その手に掴めたのは、アールの古き友であるレヴィの腕だけ。
同時に地中の異変に気付いたフィデスが、ゼフィラの腕を掴み、咄嗟に駆け出す。
長年の戦士としての勘が働き、その場を飛び退いたリーベルは、間近を通り過ぎる絶望を、その目で見ていた。
「ルティ⋯!」
レヴィの声が響くと同時に、伸ばしたその手が届くのを阻むように、それは突如として現れた。
地中から飛び出したカリエスの巨体は、迷う事なくその『餌』へと喰らいつく。
長く伸びた黒い舌は、動かない獲物の身体を絡め取り、今度こそ瞬時に飲み込んでいった。




