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ウェンティによる結界が消え、入れ替わるようにゼフィラが風の魔力を寄り集め、ルティウスの全身を包み込んでいく。リーベルと同様の絶望を胸に抱きながらも、ゼフィラは諦めない。
「フィデス様、最も損傷が酷い箇所はどこか、分かりますか?」
傍らに座り込んでいたフィデスへと、ゼフィラは叫ぶように問い掛けた。公女としての嫋やかさなど、今のゼフィラには存在しない。ルティウスを救うためなら魔力も神の【眼】も、全てを利用する事さえ厭わない。
「⋯えっと、ね⋯⋯⋯」
大粒の涙を流していたフィデスもまた、ゼフィラの気迫に押されて再び【眼】を発動させる。金色に輝く瞳は細部まで徹底的に診ていく。だが『どこ』と問われても、全てとしか言いようのない有様に、言葉を失ってしまう。
「どこも⋯酷過ぎて⋯⋯⋯」
そうして回答に詰まるフィデスに代わり指示を出したのは、ルティウスの剣を握り、持ち主をその背に庇うようにして立つレヴィだった。
「呼吸が止まれば、死は免れない⋯⋯そこから治せ!」
低く唸るような、だが震えたレヴィの声がゼフィラへと伝える。
軽く頷き、即座にルティウスの胸元へと手を翳す。治癒魔法を重点的に肺へとかけ続け、せめて呼吸の安定をと祈った。
そしてゼフィラの想いは、数分も経たない内に効果を齎す。
「⋯少しだけ⋯⋯ほんの少しだけど、ルティ君の息が深くなってきてるよ!」
地面に蹲り、間近でルティウスの息遣いを確かめていたフィデスが歓喜の声を上げる。
絶望的な状況の中で、微かな希望が灯った瞬間でもあった。
その声を聞いて、背を向けたままのレヴィも微かに安堵の息を吐く。
今、ルティウスの命を繋げられるのはゼフィラだけ。それを理解しているからこそ、レヴィは背を向けたまま立ち続ける。
戦闘の余波が、治療を妨げないように。
これ以上、ルティウスが傷つく事の無いように。
剣を握りしめて、レヴィは盾となる決意を持って立ち続けていた。
ルティウスの呼吸は、安定を取り戻した。肺の損傷を優先して治癒した事による効果であり、ゼフィラの気持ちを勢い付けさせるのに十分だった。
そして次々と、ゼフィラはルティウスの肉体を回復させるべく治癒魔法を掛け続けていく。
誰もが歓喜する中で、レヴィはその異常に誰よりも早く気付いた。
そして同じく異常を感じていたのは、災厄カリエスを引き付け奮戦するウェンティ。
背を向けていたレヴィは、ゆっくりとルティウスへ振り返る。視線を向け、探るように【眼】を発動し、現状を視た。
「⋯何故、戻っていない?」
その独白のような一言を、誰も拾ってはいない。
そして戦い続けているウェンティもまた、怪訝な表情を浮かべる。
かなりの長い時間、カリエスと戦っている。致命傷を与えられはしないものの、それなりに傷は付けた。そして瞬時に回復するその再生能力もまた、生来のものに加えて魔力の消費を伴うもの。
だというのに、カリエスの魔力が枯れる様子は無かった。
レヴィとウェンティは、離れた場所に在りながら、同じ結論に辿り着いてしまう。
そしてそれは、最悪を意味するもの。
「フィデス、ルティの魔力は⋯何故戻らない?」
「え⋯⋯⋯?」
振り返り、表情に悲愴を滲ませたレヴィがフィデスへと問う。
言われてから、フィデスもまたルティウスの魔力へと意識を向ける。僅かでも肉体が回復した事を喜んだばかりのフィデスだったが、改めて視てしまえば、フィデスも異常に気付いてしまう。
「⋯⋯え、何で?」
レヴィとフィデスには、共通認識があった。それはルティウスの魔力回復の速度が、普通の人間を遥かに凌駕するものだという事。
肉体が瀕死の重傷であればそういう事もあるかと考えた。だが僅かながらに回復し始めたという今、尚もルティウスの魔力は枯れたまま。
「なぁおい、ルティウスのこの、首んとこ⋯⋯」
リーベルが指摘したのは、ルティウスの細い首に残る焼け爛れた痕。どろりとした粘液が纒わり付き、今も侵食を続けている。
「先にこちらを処置致しましょう⋯⋯」
治癒魔法を掛け続け、額に汗を滲ませるゼフィラが疲れた声で告げてから、治癒魔法をルティウスの首へと向ける。
だが⋯──。




