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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十二話

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133/158

0133

 封印さえ無ければ、今すぐルティウスを救えた。本来の力さえあれば、こんな無惨な姿にさせる事など無かった。

 どれほど瀕死の重傷だろうとも、治してやれた。

 あまりの無力さに俯き、レヴィは両手をきつく握り締める。手のひらに血が滲むほど強く後悔を抱いたところで、現実は何一つ好転などしない。

「わぁあーッ!」

 その時、慌てるフィデスの悲鳴が聞こえた。ちらりと視線を上げれば、戦闘の余波で崩れた岩壁の破片が辺りに降り注いでいた。

 しかし、レヴィは避けようともしない。ちょこまかと周囲を駆け回り、飛来する岩を避け続ける少女の傍らで、微動だにせずルティウスへと視線を向ける。

 直後、大きな破片の一つがレヴィの頭を掠めた。僅かな痛みに一瞬だけ表情を歪め、一筋の赤い雫が流れても、レヴィは平然としていた。

「ちょっと、レヴィ!避けなよ!怪我してんじゃん!」

 叱咤の声すらもどこか遠く聞こえる。深い後悔に苛まれるレヴィの眼前で、しかし脅威は迫り来る。

「⋯ルティっ!」

 一際大きな岩が崩れ、風の魔力に包まれ動かないルティウスの真上へと落ちてくる。その光景を目の当たりにした瞬間、弾かれたように剣を掴みその場に跳躍した。

 目にも止まらぬ速さで剣を振り上げ、落下する岩の塊を両断する。ルティウスを巻き込もうとした崩落は尚も続き、後悔に打ちひしがれる間もなく、レヴィは剣を振るしかなくなった。

 その間も、レヴィは時折ルティウスへと目を向けている。


 確かに掠り傷を負った。けれどあの少年は、こんな些細な傷など比べ物にならないほどの苦痛を味わったのだ。そして今も、重篤な怪我は命の火を消し去ろうとしている。

 救うために、水脈へ干渉しようとした。けれど制御出来るだけの魔力も無いままにその力を引き出せば、神と言えども無事では済まない。

 そうしてレヴィは、迷い続けていた。

「レヴィ、避けてぇ!」

 フィデスの叫び声が聞こえたのは直後の事。ルティウスへ意識を向けるレヴィの頭上で、大きな崩落が発生していた。

 剣を振るえば、斬り裂く事は出来ただろう。だがレヴィは動かない。このまま時間を稼ぎ続けるのが本当に正しいのかと、迷いを抱いている。

 だがレヴィの迷いすらも断ち切るかのように、その頭上を轟速の閃光が通り過ぎる。

「なァにしてやがんだ、レヴィ!」

 声の方を振り返れば、そこに居たのは遅れて到着した、長剣を振り下ろした姿のリーベルが立っていた。

 魔力を使わずとも、身体に漲る闘気を剣に乗せて打ち出す斬撃は、リーベルが得意とする遠隔攻撃。それを乱打して降り注ぐ破片を丸ごと薙ぎ払ったリーベルは、そのままレヴィとフィデスの元へと駆け寄った。

 リーベルと共に現れたゼフィラもまた、風の魔法を使い細かな破片の全てを宙へと巻き上げていく。そうして直近の脅威を取り払ったリーベルとゼフィラだが、到着した場のあまりにも異様な光景に絶句するしかなかった。

「⋯なん、だ⋯こりゃあ?」

 視界に映ったのは、それまでの狭い洞窟とは一変する広大な空洞。それがウェンティとカリエスの戦闘によるものだとまだ把握していないリーベルは、驚愕の表情を浮かべていた。

 だがゼフィラは、即座に気付いていた。

 数少ない手掛かりと、異常な振動と物音に引き寄せられてやって来た洞窟の最奥。けれど目的としたルティウスの姿は、何故か風の魔力に覆われ、近寄る事もままならなくなっていると。

「⋯⋯殿下ッ!」

 ゼフィラの悲痛な叫びが、辺りに木霊する。

 長く思いを寄せてきた恋しい人の、無惨な姿。風の結界に包まれていても、ゼフィラはルティウスが瀕死だと即座に察してしまった。

 そしてゼフィラの悲鳴は、姉であるウェンティの耳にも届いた。

 妹の想いを知るからこそ、ウェンティは悔しげに表情を歪ませる。

 どれほど優れた治癒魔法であっても、限界というものは存在する。ルティウスが負っている損傷は、本来ならば既にその命を消し去っていてもおかしくない。致命的なまでに、何もかもが足りていないと、ウェンティは唇を噛み締める。

 だが、竜の番として生きる道を選んだ公女の心は、その程度で折れるほど脆くはない。まだ諦めてはいない。

「ゼフィラちゃん!」

「⋯⋯ウェンティ⋯姉様⋯⋯」

 涙を流し、その場に崩れそうになるゼフィラを、遠くから透き通った声が一喝する。

「泣いている暇があるなら、ルティウス君を助けなさいッ!」

 姉だからこそ分かる妹の感情。だが悲しむのは後でいい。今は、自分に出来る事をしろ⋯その想いを届けるかのように、ウェンティは両手で握り締めた大剣を、カリエスの頭部へと叩き込む。同時に風の刃を生み出し、切断に至らぬよう狙いを定めて放った。

 迫り来る二体の蛇の両目へと直撃し、赤い双眸を潰す事に成功した。傷を負ったカリエスは耳を劈くような奇声を発し、遠くの壁へと退いていく。

 そんな姉の奮戦を目の当たりにしたゼフィラは涙を拭い、ルティウスへと向き直った。

「⋯姉様!殿下を、こちらに下ろして下さい!」

 魔力が枯れても構わない。それで彼を救えるのなら⋯そうした覚悟の元、ゼフィラは姉へと要請する。

 ルティウスの身体をゼフィラの前へ下ろす。それは彼を守り続けていた結界を解く事に繋がる。毒の侵食の遅延も、内臓の損傷による呼吸不全も、全てを補っていた結界。ゼフィラに救えなければ、そのままルティウスの命は消える。

 だが結界を解かなくとも、このまま時間が経てば生存確率は下がり続けるだけ。

 ならばと、ウェンティも覚悟を決めた。

 もしもの時は、妹と共に罪を背負おう。

 姉としての矜恃と決意を以て、小さな手を翳し宙に浮かせていた結界を地面へと下ろしていく。

 ゆっくりと、慎重に魔力を操り、少しの衝撃も伝わらぬように、剥き出しの地面へルティウスの肉体を寝かせていった。

 そしてリーベルもまた、甥の姿を目にしてがくりと膝をついた。

「⋯ルティウス?」

 名を呼んでみたところで、反応はあるはずも無い。

 襟と口を汚す赤は、内臓の損傷により吐血した証。

 首や手、そして顔の一部には腐食性の粘液に触れたせいで焼け爛れた痕がある。何よりも、小柄な肉体を支えるはずの骨格はその大半が砕かれ、形状を保っていても亀裂が入っている。

 本当に生きているのかと、疑いたくなる姿だった。


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