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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十二話

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132/155

0132

 直後、山脈は大いに揺れた。

 巨大な山体を貫くほどの威力を誇るウェンティの斬撃と、神でさえも持て余すほどの脅威を振り撒く災厄との死闘は、狭いはずの洞窟に大きな空洞を生じさせていた。

 風に守られるルティウスの身には、崩れる岩壁の破片はおろか衝撃も、ぶつかり合う力の余波が生み出す爆風すらも届かない。鉄壁の防御結界に包まれている瀕死の少年は、地面が崩落しても尚、宙に浮かび続けている。

 それはウェンティによる絶対的な守護の力。何があっても死なせないという強い意思が、ルティウスを繋ぎ止めている。

 直接触れてしまえば、腐食によってダメージを受ける。

 唾液の毒を浴びれば、魔力が吸われる。

 一撃の被弾も許されない中、崩壊して広くなった空間を縦横無尽に飛び回り、決して岩壁に近付く事なく立ち回った。

 対して災厄は、その腐食性を生かして洞窟の中を泳ぐように潜航する。二体の蛇は長い胴体を振り回し、確実にウェンティを仕留めようと波状攻撃を仕掛けていた。溶けた岩の破片はウェンティに降り掛かるが、大剣の一振りでそれらを弾き返す。

 壮絶な攻防が繰り広げられる渦中の巣穴は広大な空洞と化し、ようやく辿り着いたレヴィとフィデスを驚愕させた。

「なんっだ、コレぇ!」

 甲高い声を張り上げるフィデスは、その状況を理解するためにあちこちへ視線を巡らせる。

 闇に紛れる二体の圧倒的な邪気と未だ残る不快な臭気、その狭間で光を放つ『誰か』の存在。瞬間的にルティウスが奮戦しているのかと考えたが、纏っている魔力の違いにすぐに気付く。

「あれは、アールと同じ魔力か!」

 即座に【眼】を発動し、レヴィは戦っている何者かの魔力を視る。僅かな差異はあるものの、それは古き同胞のものに間違いはない。二対一という不利にありながらも善戦しているのは明らかで、だからこそレヴィは、不審に感じた。

 魔力を探っても、この最奥に居るはずのルティウスの色が見つからない。戦闘によって生じた空洞、その奈落へ墜ちたのかと考え下層にも意識を向けた。けれどどこにも、ルティウスは居ない。

「⋯ルティは⋯⋯どこだ?」

 辿り着く前から、ずっと嫌な予感がして止まなかった。

 震える声で呟くレヴィの金の瞳は、空洞の少し先⋯宙に浮かぶ風の魔力の塊を見つけた。破片や衝撃波から守るように包まれているその中に、変わり果てた姿のルティウスが居ると気付く。

「⋯っ、ルティィ!」

 その叫び声は、ウェンティの耳にも届いていた。

 アールの友にして、ルティウスの守護者。水の神がようやく辿り着いたのだと知り、邪魔をするように迫り来る二体の蛇を睨み付ける。

「鬱陶しいですね⋯沈みなさいっ!」

 大剣に暴風を纏わせ、二体の蛇へと斬撃を叩き込む。風の層に守られた剣は腐食を受ける事なく、災厄の頭部へと直撃する。切り落とせば増える⋯それを学んだウェンティは、剣の腹を使い打撃を打ち込む。渾身の力で振り抜き、底の見えない空洞の下層へと叩き落とした。

 遥か地底から、衝撃音が聞こえてくる。一時的とは言え、災厄をこの場から離れさせたウェンティは、急ぎルティウスの元へと飛翔する。彼を包む風は今、辛うじて残っている地面からも遠い空中に浮かんでいたから。

 光の翼を羽搏かせて降下し、回復の兆しすら見えないルティウスを包む風の結界へと小さな手を翳す。そのままレヴィとフィデスが待つ地面へゆっくりと向かった。

 ほんの僅かな振動さえ、今は致命的な事態に繋がる。慎重に移動するウェンティは、災厄との戦闘よりもさらに細心の注意を払って彼らの元へと降り立った。

「ルティ!」

「お手を触れませんように!」

 駆け寄ろうとするレヴィを、ウェンティは一言で制した。

 風の結界によって触れる事は不可能だが、レヴィならばそうとも限らない。封印されているとはいえ、アールよりも圧倒的な力を持つレヴィならばさもありなん⋯ウェンティはそう考えていた。

「彼は今⋯危険な状態にあります。今はこうして風の結界で守っておりますが、早く治療をしなければ⋯長くはもちません」

 ウェンティの言葉を聞いて、レヴィの隣に並び立ったフィデスがルティウスの容態を診る。そして⋯大きな緋色の瞳に涙を浮かべていた。

「うそ⋯⋯⋯ルティ、くん⋯」

 フィデスの様子を横目で見ていたレヴィもまた、その【眼】でルティウスの身体を視る。

 そして金色の瞳は、驚愕に見開かれた。

「何故⋯⋯こんな、事に⋯⋯⋯」

 レヴィもまた、ウェンティと同じ見解に至る。

 生きている事が不思議なほど、ルティウスの身体は悲惨な状態にあった。全身の骨は砕け、内臓も損傷し、あまつさえ魔力が枯れ果てている。服の隙間から見える肌は焼け爛れ、そこから腐食が進み続けているのだと。

「全てはあの災厄、カリエスによるものです」

 今は風の力で僅かに浄化し、侵食も容態の悪化も食い止めている。けれどそれは遅延させているだけに過ぎず、根本的な治癒には至らない。

「肉体の損傷だけでも重篤ですが、何よりも⋯彼の魔力をカリエスが吸い付くし取り込んでしまった⋯そのせいで、ルティウス君は⋯」

 その先も紡ごうとして、ウェンティは口を噤む。ただ死を待つばかりの状態だと言いそうになって、そんな最悪を呟こうとした自分を責めるように唇を噛んだ。

 けれどまだ、諦める時ではない。

 ここに向かっている妹のゼフィラが間に合えば、治癒魔法を使えるのだから。

 ルティウスから目を離し、ウェンティは遠くへと視線を向ける。左手を翳すと同時に暴風を発生させ、地面に落ちていたそれを舞い上がらせる。

 風で拾い上げたのは、ルティウスが取り落としていた剣。強烈な暴風によって空中に浮かび上がった剣は、狙ったかのようにレヴィの前へと落ちてくる。

 地面に突き刺さるルティウスの剣に視線を向けて、ウェンティはレヴィへと告げる。

「レヴィさん、貴方は魔法が使えなくとも、その剣技がありますでしょう?」

 言いながらウェンティが背を向けると同時に、地底から地鳴りのような咆哮と、地を這う振動が近付いてくる。

 身の丈以上の輝く大剣を構え直し、フィデスと同等に小柄な少女は透き通る声で一言だけ告げながら、翼を羽搏かせて宙へと浮き上がる。

「どうかルティウス君を、ゼフィラちゃんを、お守り下さい」

 少女の言葉が切れると同時に、地面を砕きながら巨大な蛇が姿を現す。鋭い牙をぎらつかせて突進してくる顔面を、だがウェンティは渾身の力で叩き返し、背後にいるルティウス達から遠ざけた。

 見た目だけは可憐な少女としか思えなくとも、その圧倒的な力は人ならざる者でなければ説明がつかない。古き同胞と同じだけの精度と威力を誇る風の力は、語らずとも彼女の素性をレヴィとフィデスに悟らせていた。

 アールが寄越しただろう遣いに守られた⋯その事実は、しかしレヴィの心を酷く打ちのめしていた。



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