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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十二話

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 それぞれが居場所の目星を付け、ルティウスの危機を嗅ぎ付けて急ぐ中、無情にもその命は失われようとしていた。

 意識を失った少年の肉体は、毒を帯びた黒い舌に首を絞められたまま吊るし上げられている。微かな吐息すらも遮られた小さな身体は、もはや抵抗を無くした餌以外の何物でもない。

 その存在は、ルティウスの持つ魔力に引き寄せられていた。舌から味わうように吸い上げた力は、黒く濁った悪意を恍惚とさせる。そして抜け殻となった肉体そのものもまた、久方ぶりの生きた餌である。

 自在に動く舌は、ゆっくりとその口腔へと収束されていく。人間を一口で丸呑みにも出来る巨大な口には、頭蓋だろうと容易に噛み砕ける鋭い牙が並ぶ。


 抗えぬ死が、ルティウスの全てを奪おうとしていた。


 大きく開かれた口がその肉を喰らい、牙によって断ち切られる刹那の間際、闇に包まれた洞窟に大きな振動と、天井から降り注ぐ一陣の風が訪れる。

 牙がルティウスの肉体に食い込む寸前で、蛇の頭は巨大な風の刃によって切断されていた。

 唾液による腐食と毒に侵食され、全身の骨を砕かれ、呼吸さえも既に危ういルティウスの身体は、ようやく首を絞めていた舌からも解放される。けれど死の淵にある肉体は、僅かな衝撃でさえ命の灯を消しかねない。

 断ち切られた蛇の頭部から投げ出された小さな身体は、地面に落下する直前でふわりと浮き上がり、そのまま風の魔力に包み込まれていた。

 漆黒の闇に包まれていたはずの洞窟の奥底は、天井に開いた穴から射し込む陽光によって僅かな光源を取り入れ、同時に密閉された空間に充満する腐臭さえも外へと流れ出ていく。そして山一つを貫通させながら到着したのは、身長よりも長く巨大な光の大剣を握り、腰まで伸びた淡い若草色の髪を靡かせ淡い練色のワンピースを纏う翼を携えた少女。

「⋯ギリギリ、でしたわね」

 アールの頼みを叶えるべく地上に降り立った、風の竜の番である、ウェンティだった。

 頭を切り落とした蛇は、少しの間は放っておいても大丈夫だろう。そう判断して、ウェンティは自身の風で受け止めたルティウスへと視線を向ける。

「⋯酷い、これは⋯⋯⋯」

 辛うじて、生きてはいる。しかし生きているのが不思議と思えるほどの重傷だと、内側を探らずとも理解出来た。

 死にかけている少年は、ウェンティにとっては大切な妹の伴侶となる者の弟。遥か天空から見守るだけだったが、既に義弟とも呼べる存在がここまで無惨な姿になっている事に、酷く胸を痛めた。

 あどけない表情を悲嘆に歪ませ、それでもウェンティはルティウスを『診』る。彼がどうして生き延びているのかが、あまりにも不可解だったから。

 注意深く内側に意識を向けて、けれどすぐに気付いた。ルティウスの中には、異なる色の魔力が潜んでいた事に。

「⋯成程、貴方でしたのね、オストラさん⋯⋯⋯」

 既にルティウス自身の魔力は、吸い尽くされて枯渇している。けれどほんの一握りだけ残っていた。それは彼に宿ったオストラの思念が、魔力を司る核を守護していたから。

 一人きりだと嘆いたルティウスは、この窮地において決して独りではなかった。今にも消えそうな命そのものも、レヴィの弟竜であるオストラの死した思念が繋ぎ止めていた。

 だがそれもまた、時間の問題である。

 一刻も早く適切に処置しなければ、ギリギリで繋がれている命すらも消えかねない。しかしウェンティには、治癒魔法の心得は無い。

 番たる風の竜神は補助の力に特化していた。そんな主を補うべく、ウェンティ自身は攻撃特化であり彼の剣となる事を選んだ。

「ゼフィラちゃん⋯どうか間に合って⋯」

 少しずつ近付きつつある妹の気配を辿りながら、ウェンティはルティウスを守るように立ち、光の大剣を片手で持ち上げると、切り落とした蛇の頭へと向き直る。

 頭を落とした程度で終わるようなら、アールが苦労する事など無い。圧倒的な再生能力を持つ邪悪な蛇は、さらにルティウスの魔力をも取り込んだ状態。瞬時に蘇る事は最初から分かっていた。

 攻撃特化とはいえ、ウェンティが操るのは風の力。眼前で正に蘇ろうとしている災厄を抑え込む事は出来ても、決定打を持ち合わせてはいない。

 死んだように見えた蛇の頭が動き出し、そこから胴が生えていく。元あった胴からも頭が生え、二体に増えた蛇は獲物を奪われた怒りに染まる目をウェンティへと向けていた。

 片腕で軽々と大剣を持ち上げ、大きな銀色の瞳に戦意を漲らせるウェンティは、時間を稼ぐために災厄へと立ち向かう。

 少しでも削る事が出来れば重畳。それが叶わずとも、ルティウスが回復する間さえ凌げればそれで良い。

 増援は期待出来ない状況下で、ウェンティは大剣を振りかぶり、災厄を抑えるための長い戦いに身を投じた。


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