0013
既にルティも寝入った深夜の森の中。屋外から感じた微かな神気に呼ばれた気がして、泊まっている部屋を出て外へと向かう。扉を開けて気配を辿ると、少し離れた位置にある切株に座り、夜空を見上げている少女の姿を見つけた。
わざと足音を立てながら近付き、声が届く距離に到達すると彼女はこちらを振り向き、柔らかく笑いながら言った。
「久しぶりだね、レヴィ」
「名を聞いた時からそうだと思っていたが……フィデス、土の竜だな?」
「正解。覚えてたんだね?」
「忘れるものか……」
私をあの泉へ封印した竜神の一柱である、土のフィデス。千年前のあの時とは見た目が違うため気付きにくかったが、その眼光と目付きは記憶の中のまま変わらない。
「それで?こんな辺鄙な場所で何をしている?」
当然の問いをぶつけた。土の竜神であるフィデスは本来、北の地を住処としている。わざわざ土神の国を出て、何故水神の領域にいるのかが不思議だったからだ。侵犯でも企んでいるのかと、かつての悪戯好きな竜神を思い出してみるが、返ってきたのは意外な答えだった。
「ボクもね、多分キミと同じだよ」
「……同じ?」
「今のボクは分身体。本体は今も、テラムの山奥の中だ。今のキミもそうなんだろ?本体はあの泉のクリスタルの中。だから力がちゃんと使えない」
「……そこまで気付いていたか」
「ふふっ、まぁね~!」
全てを見透かされていたようで癪だが、事実なので否定のしようも無い。しかしフィデスも同じとはどういう意味なのか。
「同じ……とはどういう事だ?」
「ボクも封印されてるって事」
「……は?」
一体何故、フィデスが封印される事になったのかがわからない。私が封じられてからのおよそ千年、短い期間ではないものの、その間に何があったというのか。
「キミは怒りのままに力を暴発させて、その咎のために封じられた。ボクはね…怒りでやらかしたってのは同じなんだけどね……その先が少しだけ違うかな」
「何をした?」
「…国をね、壊しちゃった」
「は?」
「ここから先はまだ秘密ね」
「……おい?」
性格はあの頃と変わっていないようで、最も重要な部分がはぐらかされた。少しだけ苛立ちを見せるも、フィデスが私に何を言われても動じないのは昔からだ。
「ルティ君、だっけ?キミが連れてたあの子」
「…………」
「嫌だなぁそんなに睨まないでよ、何もしないって」
「お前の何もしないは信用ならないからな」
「ははっ、本当に何もしない……というか、出来ないよね?だって、あんなに強力なキミの加護があるんだもの」
これが、他の竜神と関わりたくない理由の一つ。同格の神を冠する存在であるため、どれだけの加護や力を授けたかが容易に知られてしまうからだ。
ルティには、今の私に出来る限りの加護を与えた。守護の力に特化した水の加護があれば、あらゆる苦難からあの少年が守られるからと。そして魔力を繋げる水の聖石。あの石があれば、最悪の場合でもルティだけは守り抜けるから。
「あんなに大事にしてるの、あの人以来だね?」
「………………」
「今度は、守ってあげなよ?あの子も、キミ自身もね?」
「言われるまでもない」
あのフィデスが、私や人間のルティを案じる言葉を口にした事に驚くが、千年も経てば性格の一つも変わるのだろう。
先程は話が逸れてしまったが、フィデスが何を目的としてこの地に居るのかを今度こそ訊き出すべきだと確信し、真意の底が見えない緋色の瞳を睨み付け、同じ問いをフィデスへと投げ掛ける。
「それで?お前は何故この地にいる?明日、行く場所とはどこだ?」
危険があるのならばルティを行かせたくない。あんな子供に護衛を頼むほど力が失われているのだとしても、それは私には関係の無い事。
「クレーターだよ」
「…………まさか?」
「そ。キミがやらかしたあの場所の調査。水脈はおろか、地脈までぶっ飛んじゃってるからね。経過観察のためにボクがいるってワケさ」
「…………」
「ルティ君には、話してないんだ?」
「………………」
「あの子ならきっと、大丈夫なんじゃない?」
「そう、信じてはいる……しかし……」
本当にこの竜神は、嫌な所ばかり突いてくる。だから苦手なのだと当時の感情を甦らせるも、フィデスが言う事は正論でもあるのだと理解はしている。ルティに話していないのは私自身の問題であり、そしてルティのためでもある。
「あの子は出自に難があり、多くの問題を抱えている。そこに私の過去も積み重なれば、あの子は余計な事で悩んでしまうだろう」
「だからまだ言えない、って事か」
夜空を見上げながら考える仕草をするフィデスへ無言で頷く。そしてしばらく経つと、結論に至った様子で笑みを浮かべる無邪気な竜神が、突拍子もない事を言い出した。
「ね、キミ達の旅にボクもついて行くよ」
「断る」
「即答は酷くない?別にボクの素性は隠しといていいからさ!ね?」
「………………」
思慮深いようでいてどこか抜けている。それがフィデスだ。既に私という竜神を伴うルティが、フィデスの正体に勘づかない訳はない。仮に同行するとしたら、隠し切れるはずもないだろう...そう言いたくなったが、そろそろ面倒臭くなった。
「いいよーだ。頑固者のレヴィじゃなく、ルティ君に直接お願いするから」
「ルティにまとわりつくな」
「本当にキミ達、恋人か親子かそんな感じだよね。すっごい過保護というかなんて言うか…」
「用件が終わったのなら、私はもう戻るぞ」
「……はいはい、早くルティ君の元に戻ってあげな?」
必要な会話は済んだ。これ以上話していてもこちらの苛立ちが溜まるだけだろう。言われるまでもなく踵を返し、家の方へと戻るべく歩き出した。
後ろから小さな声で、羨ましいな……と聞こえた気がするが、聞かなかった事にした。




