0128
風の流れに導かれるまま、薄暗い洞窟を突き進んでいく。
剣を一本だけ抜き、明かりとするべく弱い炎を纏わせ、松明の代わりにして慎重に歩を進める。魔力を帯びている訳でもない普通の洞窟がこんなにも暗いのかと、ルティウスは初めて知った。
「本当にこっちで合ってるのかな⋯」
旅慣れない少年は、僅かに心細さを感じていた。
帝国を逃れた後、隣には常にレヴィが居た。だが今、ルティウスは本当に一人きりだ。
自分の意思で頼もしい竜神の傍から逃げるように離れて、一人で立ち一人で進む。
心の中は、目の前に広がっている薄暗い洞窟のように、孤独という名の薄闇に染まり始めていた。
一本道になっている洞窟をしばらく進んだ時、ルティウスは微かな異変に気付く。
「⋯何だ、この匂い?」
風はまだ吹いている。空気の流れる先へと進んでおり、ルティウス自身は風上にいるはずだ。けれど不快な匂いが鼻腔を刺激し、左手で鼻と口を軽く塞いだ。それでも届く異臭は、進むほど濃くなっていく。
この先に、何かがある。
確信を持ちながらも、それまでよりゆっくりと慎重に進んでいった。
やがて洞窟の天井や壁が、それまでより広くなっている事にも気が付いた。
ごつごつとした起伏のあった岩壁は何故か平らにならされており、まるで何かが擦れて起伏が削ぎ落とされたかのように滑らかだ。時折手を触れていたからこそ分かる、洞窟内の変化。そして次第に濃くなっていく異臭。
「⋯なんか、マズいとこに来ちゃったのかな」
心の中に湧いた不安は、異臭と同じように濃くなっていく。
引き返すか⋯そう考えつつも、松明代わりにしている炎を纏わせた剣の柄を強く握る。
警戒を怠る事なく、ゆっくりと進み続けるルティウスの前に『それ』が現れるのは、直後の事。
***
空の彼方へ飛び去るウェンティを見送ったアールは、静かな天空宮殿に残り、地上へと意識を向ける。
座っていた長椅子から立ち上がり、バルコニーの端へと移動してから、現代にまでその『災厄』を残し続けてしまった事を悔やむように瞳を細めた。
「レヴィのおかげで、鎮まってくれてたんだけどね⋯そろそろ、限界だったのかな」
アムニス山から連なる山脈、そこに眠る『災厄』は、かつてこの大陸の水源を汚した元凶でもあり、アールによって封じられたもの。
そして封印を強固にするべく、レヴィに聖なる水源の創造を依頼した。山頂に築かれた聖域のおかげで『災厄』は大人しくなった。けれど千年という長い時の中で、その封印は弱まっていった。
本来の力を失った今のレヴィでは、例え追いついたところで手に余るだろう。だからこそアールは、ゼフィラのためにも、あの少年のためにも、そして何よりも古き友のために、ウェンティを動かした。
レヴィがアールの真意に気付いていたかどうかは、アールにも分からない。けれどあの聡い水の竜ならば、災厄の存在も察知はしただろう。
遥か古より存在する、神も手を焼いた災厄⋯その名はカリエス。
水も大地も、全てを腐らせるその災厄は、山脈の奥底で今も息を潜めている。
「あの少年なら、止められるのかな⋯」
その驚異は、間もなくルティウスへと牙を剥こうとしていた。




